1:1 新約中キリストが神といわれる場合は他にもある(テトス2:13、ヨハネ1:10、20:28)。489(1)
1:1 われらは義でなく、神によって信仰を与えられる(ローマ1:17)。489(2)
1:3 「敬虔」「知る」など、ヘレニズム時代の宗教用語に福音的内容が盛られている。489(3)
1:4 異教的な神人合一の神秘思想でなく、旧約以来の希望である完成の実現である(レビ19:2、マタイ5:48など)。489(4)
1:7 信仰の実りの種々相はガラテア5:22以下などにもある。489(5)
1:9 キリストによる罪のゆるしのこと。489(6)
1:10 「召し」と「選び」の両者は結びつく(ローマ11:28以下)。489(7)
1:11 2ペテロ3:13。489(8)
1:11 原意「入ること」489(9)
1:12 「思い出」。宣教は旧約から新約への救いの歴史を思い出させることといいうる(ローマ15:15、1ヨハネ2:21、ユダ5など)。489(10)
1:14 著者が死の近いのを意識する点で1ヨハネ2:1以下などに似る(ヨハネ21:18)。489(11)
1:16 使徒4:20、1:8など。489(12)
1:18 イエスの変容の体験(ルカ9:32以下)。489(13)
1:19 1ペテロ1:10。福音は預言を確認させる。新約で預言は福音と密接に結びつく。489(14)
1:19 ルカ1:78。489(15)
1:21 使徒は聖霊を受けたものである(エペソ3:5)。なお、使徒5:32、15:28では聖霊と使徒とが並置されている。この反対の場合がユダ19である。489(16)
2:1 旧約時代に偽預言者があったように、新約時代に偽教師が現われる意。489(17)
2:1 「分派」とも訳せる(ガラテア5:20)。キリストは分けられない(1コリント1:13)。分裂は死へ、一致は生に導く。489(18)
2:2 福音のこと。それはユダヤ教にとっては異端の道であった(使徒24:14)。491(1)
2:4 ユダ6。ユダヤ教で堕落した天使たちのことが考えられた(創世6:1~4がその元といわれる。外典エノク書19章、21章に詳しい)。491(2)
2:4 原語 Tartaros は死者が罰を受けるところ。491(3)
2:5 1ペテロ3:20の注。491(4)
2:6 創世19:24。491(5)
2:7 創世19:29、ルカ17:28以下。491(6)
2:9 ユダ6。491(7)
2:10 ユダ7以下。491(8)
2:11 ユダ9。491(9)
2:12 ユダ10。491(10)
2:15 申命23:4以下、ネヘミヤ13:2、黙示2:14。491(11)
2:16 民数22:28。491(12)
2:17 ユダ12以下。491(13)
2:18 ユダ16。491(14)
2:20 ヘブライ6:4以下、10:26以下、マタイ12:45。491(15)
2:21 ルカ12:47以下。491(16)
2:22 箴言26:11。491(17)
3:2 以下、旧約と新約の一体性をいう(ローマ16:25以下、ヨハネ2:22など)。491(18)
3:3 世の終わりの様相である(マタイ24:24、2テサロニケ2:3など)。491(19)
3:4 再臨を遅いと判断するのは不信のゆえである。旧約以来神のわざは延びないという信仰がある(エゼキエル12:21~25)。491(20)
3:4 ここでは初代の信徒たち。491(21)
3:5 ヘブライ11:3、詩篇33:6。491(22)
3:8 詩篇90:4。永遠は人間の計る時の長短をこえる。492(1)
3:9 救いを体験するものは今まで世の終わりが来なかったことを感謝し、救いの完成の時を神にゆだねる(1テサロニケ5:1以下など)。神の寛容についてはローマ2:4、9:22。492(2)
3:12 ゼパニヤ1:18、3:8、マタイ24:29以下。492(3)
3:13 黙示21:1、イザヤ65:17、66:22。492(4)
3:16 すでに古い時代にパウロが難解とされた例として注目に値する。492(5)