ルカ福音書

   まえがき

1章 1多くの人が、われらの間になしとげられた事どもについての物語をまとめようと手をつけました。2その事どもは、はじめから目撃者でことばの使いであった人たちがわれらに伝えたものであります。3それで、テオピロ閣下、それらの一部始終を詳しく調べましたわたくしも、あなたに順序正しく書いて差しあげようと思いました。4それはお聞き及びの話についての確かなところをよく知っていただくためであります。

   洗礼者誕生の告知

 5ユダヤの王ヘロデのころ、ザカリヤというアビヤの組の祭司があった。妻はアロンの末で、名はエリサベツといった。6ふたりとも神の前に正しく、主のいましめと定めをすべてつつがなく守っていた。7しかし、エリサベツがうまずめであったので、彼らに子はなく、それにふたりとも年をとっていた。
 8さて、ザカリヤの組が当番で、宮で神の前におつとめをしていたときのこと、9祭司職の習わしによってくじを引くと、彼が主の聖所に入って香をたくことになった。10香をたく間、多くの民衆が皆外で祈っていた。11すると主の天使が彼に現われ、香の壇の右に立っていた。12それを見てザカリヤは心騒ぎ、おそれが彼を包んだ。13天使は彼にいった、「おそれるな、ザカリヤよ、あなたの祈りは聞かれた。妻エリサベツはあなたに男の子をもうけよう。その名をヨハネとつけよ。14あなたのよろこびと感激は大きく、多くの人が彼の誕生をよろこぼう。15彼は主の前に重んじられ、ぶどう酒や強い酒を飲まず、母の胎内からすでに聖霊に満たされ、16イスラエルの多くの子らを彼らの神である主に立ち帰らせよう。17彼はエリヤの霊と力をもって主の先駆けをし、父の心を子に向け、背くものを義人の考えに立ち帰らせ、整えられた民を主にそなえよう」と。18ザカリヤは天使にいった、「どうしてそれがわたしにわかりましょう。わたしは年よりで、妻も年をとっています」と。19天使は答えた、「わたしは神の前に立つガブリエルで、あなたに話しかけてこのよろこびのおとずれを伝えるためにつかわされました。20いま、あなたは唖者になり、このことがおこるその日まで、ものがいえなくなるでしょう。これは、時が来れば成就するわがことばを信じなかったからです」と。21民衆はザカリヤを待ちうけていたが、彼が聖所の中に長くいるのを不思議がっていた。22出てくると口がきけなかったので、彼が聖所でを見たことが民衆にわかった。彼は彼らに合図するばかりで唖者のままであった。23つとめの日が終わると、彼は家に帰った。24そののち妻エリサベツは身ごもり、五か月の間引きこもっていたが、25わが恥を人の間にそそぐために、主はいまこのようにわたしにしてくださった」といった。

   イエス誕生の告知

 26六か月目に、天使ガブリエルが神からガリラヤのナザレという町へつかわされた。27それはヨセフというおとこと婚約したおとめのところへであった。おとこはダビデ家の出で、おとめの名はマリヤといった。28天使はおとめのところに来ていった、「ごきげんよう、恵まれた人、主があなたとごいっしょです」と。29彼女はこのことばにおどろき、このあいさつは何ごとかと思いめぐらした。30天使がいった、「おそれずに、マリヤよ、あなたは神からお恵みを受けましょう。31きっとあなたは身ごもって男の子をもうけましょう。その名をイエスとおつけなさい。32彼は大いなるものとなり、至高者(いとたかきもの)の子と呼ばれましょう。主なる神は先祖ダビデの位を彼に与え、33彼は永遠にヤコブの家に君臨し、その王国は絶えないでしょう」と。34マリヤは天使にいった、「どうしてそんなことがありえましょう、まだおとこを知らぬわたしなのに」と。35天使は答えた、「聖霊があなたにのぞみ、至高者の力があなたをおおうでしょう。そのゆえに、生まれ出る聖なるものは神の子と呼ばれましょう。36ごらんなさい、あなたの親戚のエリサベツさえも、あの老年で子を宿しました。うまずめといわれた彼女が今六か月目です。37神には何ひとつおできでないことはありません」と。38マリヤはいった、「はい、ごらんのとおりわたしは主のはしためです。おことばどおりになりますように」と。天使は彼女を離れ去った。

   母同士

 39そのころマリヤは出かけて急いでユダの山の手の、ある町に行き、40ザカリヤの家に入ってエリサベツにあいさつした。41エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、子が胎内で躍り、エリサベツは聖霊で満たされた。42そして声高らかに叫んだ、「あなたは女の中で祝福豊かな方、あなたの胎内の実も祝福豊かです。43わが主の母上がわたしをお訪ねとはどういうことでしょう。44本当に、ごあいさつのお声がわが耳に入りますと、子が胎内でよろこび躍りました。45さいわいなのは主の仰せごとは成就すると信じたその方!」と。

   マリヤの讃歌

 46マリヤはいった、
  「わが心は主をあがめ
 47わが霊は救い主なる神をよろこびたたえます、
 48この卑しいはしためまでも顧みたもうたがゆえに。
  今からのちすべての世代がわたしをさいわいというでしょう。
 49力ある主はわたしに偉大なことをなしたまいました。
  彼の名は聖く、
 50彼をおそれるものにそのあわれみは世々限りなく、
 51み腕で力あることをなし、
  心の思いの高ぶるものを散らし、
 52権力者を王座からおろし、
  低いものを高め、
 53飢える人々をよいもので満たし、
  富む人々を無一物でお追いでしょう。
 54その僕
(しもべ)イスラエルを助け、
  とこしえにあわれみを心におとめでしょう、
 55われらの先祖たちである
  アブラハムとその子らにいわれたとおり」
と。
 56マリヤは三か月ほどエリサベツといっしょにいて、家に帰った。

   ヨハネの誕生

 57月満ちて、エリサベツは男の子をもうけた。58隣びとや親戚は、主がエリサベツにあわれみ深くいましたと聞いて、よろこびをともにした。59八日目に、幼子(おさなご)に割礼するために彼らが来たとき、父の名にちなんでザカリヤと名づけようとした。60しかし母親はきっぱりと「いいえ、ヨハネと名づけましょう」といった。61彼らは「あなたの親戚にはそんな名前のはだれもいない」とエリサベツにいい、62父親に何と名づけてもらいたいか合図してたずねた。63彼は石板を求めて、「あの子の名はヨハネ」と書いたので、皆がおどろいた。64するとたちまちザカリヤの口が開け、舌がほどけてものをいい、神をたたえた。65隣びとは皆おそれをいだき、ユダヤの山の手一帯にこのことすべてが語り草になった。66聞いたものは皆心の中にこれをおさめ、「この幼子はいったい何になろう」と考えた。主のみ手も彼とともにあった。

   ザカリヤの讃歌

 67父ザカリヤは聖霊に満たされて預言した。いわく、
 68讃むべきは主なるイスラエルの神、
  彼はおのが民を顧みてあがないをなし、
 69僕ダビデの家で、われらのために
  救いのをおこしたもうた、
 70彼の聖い預言者の口を通して
  いにしえから語りたもうたごとく、
 71それは、われらの敵から、
  われらを憎むもの皆からの救いである。
 72彼はわれらの先祖にあわれみをほどこし、
  彼の聖い契約を、
 73われらの父アブラハムにお立ての誓いをおぼえ、
 74われらがおそれなく敵の手から救われて
 75一生み前にきよく正しく仕えさせたもう。
 76なんじ、幼子は、至高者の預言者と呼ばれよう。
  主のみ前に先駆けしてその道をそなえ
 77彼の民に罪のゆるしによる救いの知識を与えよう。
 78われらの神のあわれみのみ心により、
  いと高きところからのがわれらを訪ねよう。
 79闇と死の陰にあるものを照らし、
  われらの足を平和の道へと導こう」
と。
 80幼子は成長して霊も強まり、イスラエルの民に現われる日まで荒野にいた。

   イエスの誕生

2章 1そのころ皇帝のアウグストゥスから帝国全体の人民を登録せよとのおふれが出た。2これは最初の登録で、クレニウスがシリアの総督のときのことである。3すべての人が登録のためにめいめいおのが町へ行った。4ヨセフもガリラヤはナザレの町からユダヤはベツレヘムというダビデの町へ上った。彼はダビデ家の出で、その血を引いていたからである。5登録は身ごもっていた妻たるべきマリヤといっしょであった。6彼らがそこにいるうちに、マリヤは月満ちて、7男の初子を生み、布にくるんで飼葉桶(かいばおけ)に寝かせた。宿屋には彼らの場所がなかったのである。
 8そのあたりで、羊飼いが何人か野宿して羊の群れの夜番をしていた。9すると主の使いが彼らのところにおり立ち、主の栄光が彼らを包み照らしたので、彼らはすっかりおびえた。10天使はいった、「おそれるな。見よ、わたしは民全体への大きなよろこびをあなた方に伝える。11きょうダビデの町であなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主キリストである。12赤子が布にくるまれて飼葉桶に寝ているのが見えよう。それがあなた方への目印である」と。13するとたちまちその天使に加わって天の大軍勢が現われ、神をたたえていった、
 14「いと高き所では栄光が神に、地では平和がみ心にかなう人々に!」
と。
 15天使たちが彼らを離れて天に去ると、羊飼いたちは互いにいった、「さあ、ベツレヘムに行って、主がわれらにお知らせのこの出来事を見よう」と。16そして急いで行って、マリヤとヨセフと飼葉桶に寝ている赤子を探し出した。17彼らを見ると、この子についていわれたことを告げた。18それを聞いたものは皆羊飼いたちがいったことにおどろいた。19しかしマリヤはこれらすべてを胸に秘めて、心の中で考えていた。20羊飼いたちは、聞いたこと見たことすべてがいわれたとおりであったので、神をあがめ、讃美しながら帰って行った。

   シメオンとアンナ

 21割礼すべき八日目になると、幼子はイエスと名づけられた。彼が胎にやどる前に、天使に名づけられたとおりである。22モーセ律法による清めの日が過ぎると、彼らは主にささげるため赤子を連れてエルサレムへ上った。23主の律法に、男の初子はすべて主に聖別されること、とあるのによったのである。24また、主の律法にあるとおり、山鳩ひとつがいか雛鳩二羽をいけにえとしてささげるためであった。
 25さて、エルサレムにシメオンという名の人があった。この人は正しく、つつしみ深く、イスラエルの慰めを待ち望み、聖霊がのぞんでいた。26そして、主のキリストを見ないうちは死なないと聖霊に告げられていた。27彼は霊にあふれて宮へ行った。両親が幼子イエスに律法の習わしどおりに行なうために入って来たとき、28彼は幼子を両腕に抱き、神をたたえていった、
 29今や、君よ、あなたは僕を
  おことばどおり平和にお暇
(いとま)させてくださいます、
 30わが目があなたの救いを見ましたから。
 31この救いはあなたが万民の前にご用意のもの、
 32異教徒には啓示のための、
  あなたの民イスラエルには栄光のための光です」
と。
 33幼子のことをいうのを父と母はおどろいていた。34シメオンは彼らを祝福し、母マリヤにいった、「見よ、この子はイスラエルの多くの人を倒し、また立たせるように、また、反対を受ける徴となるように定められています。35そしてあなた自身の胸をも剣が刺し通すでしょう、多くの人の心の思いがあらわになるために」と。
 36また、アセル族のパヌエルの娘にアンナという女預言者があった。年おいていて、娘時代のあと七年夫とともにあり、37そののちやもめで、八十四歳になっていた。宮を離れず、夜昼断食と祈りとでお勤めしていた。38彼女はちょうどそのとき近よって来て神に感謝し、エルサレムの人々であがないを待ち望むものすべてに幼子のことを話した。
 39彼らは主の律法のとおりすべてを果たすと、ガリラヤのおのが町ナザレへ帰った。40幼子は成長して強くなり、知恵に満ち、神の恵みがその上にあった。

   十二歳のイエス

 41彼の両親は毎年過越の祭りにエルサレムへ行った。42彼が十二歳になったとき、彼らは祭りの習わしによって都へ上った。43日程が終わって帰るとき、少年イエスはエルサレムに残っていたが、両親はそれに気づかなかった。44道連れの中にいると思い込んで一日の行程を行ってから、親戚と知人の中を探したが、45見つからないので探しながらエルサレムへ戻った。46すると三日ののち彼が宮で教師たちの間にすわって、話を聞いたりたずねたりするのを見つけた。47聞く人々は皆彼の応答の賢さに感心していた。48両親は彼を見ておどろき、母がいった、「坊や、なぜこんなことをしてくれましたか。ごらんなさい、お父さまもわたしも心配してあなたを探しているのに」と。49彼はいった、「なぜお探しでしたか。わたしがお父さまの家にいるのが当り前なのをご存じなかったのですか」と。50両親にはこういわれたことがわからなかった。51それから彼は両親といっしょに下ってナザレに行き、彼らに仕えておられた。母はこのことすべてを胸に秘めていた。52イエスは知恵も背たけも、神と人との恵みも増しに増していった。

   洗礼者ヨハネ

3章 1皇帝ティベリウスの治世第十五年、ポンテオ・ピラトはユダヤの総督、ヘロデはガリラヤの領主、その兄弟ピリポはイツリアとテラコニテ地方の領主、ルサニヤはアビレネの領主、2アンナスとカヤパが大祭司であったとき、荒野にいたザカリヤの子ヨハネに神のことばがのぞんだ。3そこで彼はヨルダンの沿岸一帯に行って罪のゆるしへの悔い改めの洗礼を説いた。4預言者イザヤの書に書かれているとおりである。いわく、「荒野に呼ぶものの声がする、主の道をそなえ、彼の行く手を直くせよ。5すべての谷は埋められ、すべての山と丘とは低められ、曲がったところはまっすぐに、荒れた道は平らになろう。6人皆が神の救いを見よう」と。
 7ヨハネは彼から洗礼されに来た群衆にいった、「まむしの末よ、来たるべき怒りをのがれるようだれが教えたか。8悔い改めにふさわしい実を結べ。われらには父アブラハムがある、などとの考えをおこすな。わたしはいう、神はこれらの石からアブラハムの子をおこしたもう9はや、斧は木の根に置かれている。よい実を結ばぬ木は皆切られて火に投げ込まれる」と。10群衆はたずねた、「それならわれらは何をすべきですか」と。11彼は答えた、「下着を二枚持つものは持たぬものに分けよ。食物を持つものも同じようにせよ」と。12取税人も洗礼されに来ていった、「先生、われらは何をすべきですか」と。13彼はいった、「きめられたもの以上に何も取り立てるな」と。14兵卒もたずねた、「われらも、何をすべきですか」と。彼はいった、「だれもゆすらず、かたらず、給与で満足せよ」と。
 15民の待望は久しく、皆心の中でヨハネについて、もしやキリストではないかと考えていた。16しかしヨハネは皆に明言した、「わたしはあなた方を水で洗礼するが、わたしより偉い方が来られる。わたしはその靴のひもを解くにも値しない。彼はあなた方を聖霊と火で洗礼なさろう17
(み)を手にし、打ち場でより分けをなさろう。麦は倉に入れ、籾殻(もみがら)は消えぬ火で焼かれよう」と。
 18彼はこのほかにも多くの勧めをなし、民に福音を伝えた。19しかし領主ヘロデは、兄弟の妻ヘロデヤのことや自分のした悪のすべてについてヨハネから責められたので、20すべての悪にこのことを加えた--ヨハネを牢に閉じ込めたのである。

   イエスの受洗と系図

 21民が皆洗礼を受けたとき、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開いて、22聖霊が鳩のような形で彼の上にくだった。そして天から声がした。いわく、「あなたこそわがいとし子、わがよみするもの」と。
 23このイエスは働きはじめのころ三十歳ほどで、ヨセフの子と思われていた。ヨセフはヘリの子、24その先はマタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、25マタテヤ、アモス、ナホム、エスリ、ナンガイ、26マハテ、マタテヤ、シメイ、ヨセク、ヨダ、27ヨハナン、レサ、ゾロバベル、サラテル、ネリ、28メルキ、アデイ、コサム、エルマダム、エル、29ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタテ、レビ、30シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリヤキム、31メレヤ、メナ、マタタ、ナタン、ダビデ、32エッサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナアソン、33アミナダブ、アデミン、アルニ、エスロン、パレス、ユダ、34ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、35セルグ、レウ、ペレグ、エベル、サラ、36カイナン、アルパクサデ、セム、ノア、ラメク、37メトセラ、エノク、ヤレデ、マハラレル、カイナン、38エノス、セツ、アダム。アダムは神の子である

   荒野の試み

4章 1イエスは聖霊に満たされてヨルダン川から帰られた。2そして霊に導かれて荒野の中に四十日おられ、悪魔の試みにあわれた。その間何も食べず、終わるころ飢えられた。3悪魔はいった、「神の子なら、この石にパンになれといいなさい」と。4イエスは答えられた、「『人はパンだけで生きるのではない』と聖書にある」と。5次に悪魔は彼を高いところに連れて行き、またたく間に世界のすべての国々を見せた。6そしていった、「あのすべての権威と栄光とをあげよう。あれはわたしにまかされていて、だれでも好きな人に与えてよい。7もしわたしの前にひれ伏すなら、皆あなたのものです」と。8イエスは答えられた、「『なんじの神なる主を拝み、彼にのみ仕えよ』と聖書にある」と。9すると悪魔は彼をエルサレムに連れ行き、宮の屋根に立たせていった、「神の子なら、ここから下へ飛びおりなさい。10聖書にあります、『天使たちに神は命じてあなたを守らせたもう』と。11また、『手であなたを支えさせ、足を石に打ちあてないようになさる』と」。12イエスは答えられた、「『あなたの神なる主を試みるな』といわれている」と。13あらゆる試みを終えると、悪魔はひとまず彼を離れた。

   活動の開始、ナザレの拒否

 14イエスは霊の力に満ちてガリラヤへ帰られた。彼の評判はあたり一帯にひろまった。15彼は諸会堂で教え、人々は皆彼をたたえた。
 16彼は育ちの地ナザレヘ来られ、いつものように安息日に会堂に入り、聖書を読みに立たれた。17預言者イザヤの書が渡された。巻物を開かれると、こう書かれた箇所であった、18「主の霊がわが上にある、油をお注ぎくださったゆえに。貧しい人々に福音を伝えるよう、主はわたしをつかわされた。捕われ人にゆるしを、目しいに視力回復を告げ、被圧者を解放し、19主の恵みの年を伝えるために」と。20彼は聖書を巻いて係に返してすわられた。会堂にいたものすべての目が彼にそそがれた。
 21そこで彼は「あなた方が聞いたこの聖書の箇所はきょう成就した」といって語りはじめられた。22皆が彼をほめ、彼の口から出る恵みのことばにおどろいた。そしていった、「この人はヨセフの子ではないか」と。23彼はいわれた、「きっとあなた方は、『医者よ、自らをなおせ』という諺を引いて、『カペナウムでなされたとわれらが聞くとおりのことを故郷のここでもなさい』といおう」と。24そしていわれた、「本当にいう、どの預言者も故郷ではもてはやされない25本当に、エリヤの時代、三年六か月の間天が閉じて雨がなく、全国に大飢饉があったとき、イスラエルにやもめは多かったのに、26エリヤがつかわされたのはそのいずれにでもなく、シドンのサレプタのやもめのところにだけであった。27また、預言者エリシャのときイスラエルにらい者は多かったのに、清められたのはそのいずれでもなく、シリアのナアマンだけであった」と。28それを聞いて会堂にいたものは皆怒りに満ち、29総立ちになって、彼を町の外に追い出し、町の建っている山の崖まで連れて行って突き落とそうとした。30しかし彼は人々の真ん中を通って去って行かれた。

   カペナウム

 31そしてガリラヤの町カペナウムに下られた。安息日にお教えになると、32人々はその教えにおどろいた。彼のことばに権威があったからである。33会堂にけがれた悪鬼の霊につかれた人がいて、大声で叫んだ、34「ああ、何のご用ですか、ナザレのイエス。われらを退治においでですか。あなたがどなたか知っています。神の聖者です」と。35イエスはたしなめられた、「黙れ、その人を出よ」と。悪霊はその人を真ん中に投げ倒して出て行ったが、何の傷も負わせなかった36皆が感心して互いにいった、「このことばはどういうのだろう。彼が権威と力で命じられると、けがれた霊が出て行くとは」と。37彼の評判は周辺の地一帯にひろまっていった。
 38会堂を立ち去って、シモンの家に入られた。シモンの姑
(しゅうとめ)がひどい熱病にかかっていたので、人々が彼女の助けを求めた。39彼が近よって身をかがめ、熱病をしかりつけられると、熱病はとれた。彼女はすぐ起きて人々をもてなした。40日が沈むと、いろいろな病人をかかえている人々は皆それらを彼のところへ連れて来た。彼はひとりひとりに手を置いていやされた。41悪霊どもも、「あなたこそ神の子」と叫んで多くの人から出て行った。悪霊どもは彼がキリストと知っていたので、彼はしかりつけて口をおきかせにならなかった。
 42朝になると、彼は人のいないところへ出て行かれた。群衆は彼を探しつづけ、彼のところへ来て、自分たちを離れて行かれないよう引きとめた。43彼はいわれた、「ほかの町々にもわたしは神の国の福音を伝えねばならない。そのためにつかわされたのだから」と。44そしてユダヤの諸会堂で教えを説いておられた。

   大 漁

5章 1群衆が彼のところに押しよせて来て神のことばを聞いていたとき、彼はゲネサレ湖にお立ちであった。2そして小舟二隻を水ぎわに見かけられた。漁夫たちは小舟からおりて網を洗っていた。3彼はその一隻のシモンの小舟に乗って、陸から少し離れるよう頼み、すわって舟から群衆を教えられた。4話し終わると、シモンにいわれた、「沖に出して網をおろして漁をなさい」と。5シモンは答えた、「先生、夜どおしわれらは働きましたが何もとれませんでした。しかし、仰せですから網をおろしましょう」と。6そのとおりにすると、魚の大群が入って来て網が裂けかかった。7そこでもう一隻の小舟の仲間に助けに来てもらうよう合図した。彼らが来て、両方の小舟をいっぱいにしたので沈みそうになった。8それを見てシモン・ペテロはイエスの膝もとにひれ伏していった、「主よ、わたしをお離れください。わたしは罪びとです。」と。9彼も仲間も皆とれた魚におどろいたのである。10シモンとともにいたゼベダイの子ヤコブとヨハネも同じであった。イエスはシモンにいわれた、「おそれるな、これから先、あなたは人間をすなどろう」と。11彼らは小舟を陸につけると、すべてを捨てて彼に従った。

   らい者の清め

 12彼がある町におられたときのこと、らいにさいなまれた人がいあわせた。イエスを見ると、顔を地につけて願った、「主よ、お心さえ向けばわたしをお清めになれます」と。13そこで手をのべてさわり、「よろしい、清くおなり」といわれた。するとたちまちらいは去った。14彼は「だれにもいわぬように、ただし、証のため、行って体を祭司に見せ、モーセが定めたとおり清めのささげものをなさい」と命じられた。15しかし彼の評判はひろまるばかりであった。そして多くの群衆が耳傾け、病をいやされようと集まって来た。16しかし彼は人のいないところに引っ込んで祈っておられた。

   中風のいやし

 17ある日のこと、彼が教えておられると、パリサイ人と律法学者がすわっていた。彼らはガリラヤとユダヤのすべての村とエルサレムから来ていた。主の力が彼にのぞんで病をいやさせていた。18そこへ、数人がひとりの中風やみを床にのせて連れて来て、中に持ち込んで彼の前に置こうとした。19しかし群衆のためにどうして持ち込んでよいかわからないので、屋根に上って瓦の間から床ごと人々の中をイエスの前におろした。20彼は人々の信仰を見ていわれた、「君、あなたの罪はゆるされている」と。21学者とパリサイ人は考えはじめた、「けがしごとをいうこの人はだれか。ただひとりの神のほかだれが罪をゆるせよう」と。22イエスは彼らの考えを見ぬいていわれた、「何を心の中で考えているのか。23『あなたの罪はゆるされている』というのと、『起きて歩け』というのと、どちらがやさしいか。24しかし、人の子が地上で罪をゆるす権威を持つことをあなた方が知るように――」と。そして中風の人にいわれた、「あなたにいう、起きて床を持ちあげて家にお帰り」と。25すぐに彼は人々の前に立ちあがり、寝ていた床を持ちあげて、神をたたえながら家に帰った。26皆が感激して神をたたえ、おそれに満たされていった、「きょうは不思議なことを見た」と。

   レ ビ

 27そののち彼が出かけられると、レビという名の取税人が収税所にすわっているのを見ていわれた、「ついて来なさい」と。28するとすべてを捨てて、立って従った。29レビは彼のために家で盛んに人をもてなした。取税人やその仲間が大勢席についていた。30それで、パリサイ人やその派の学者らが弟子たちにつぶやいた、「なぜあなた方は取税人や罪びとらと飲み食いを共にするのか」と。31イエスは答えられた、「医者を要するのは健康人ではなく病人である。32わたしが来たのは、正しい人をではなく、罪びとを招いて悔い改めさせるためである」と。

   断食問答

 33彼らはイエスにいった、「ヨハネの弟子たちはよく断食をし、祈りをし、パリサイ人の弟子たちもそうですのに、あなたの弟子たちは飲み食いしています」と。34イエスはいわれた、「花むこがいっしょの間、婚客に断食させうるか。35しかし花むこが取られる日が来よう。そのとき彼らは断食しよう」と。36彼らにいまひとつの譬えをいわれた、「新しい衣を切って古い衣につぐものはない。そうすれば、新しいのもやぶれ、新しい衣の切れも古いのに合わない。37新しい酒を古い皮袋に入れるものはない。そうすれば、新しい酒は皮袋を裂いて流れ出し、皮袋もそこなわれよう。38新しい酒は新しい皮袋に入れるものである。39また、古い酒を飲んだ人は新しいものを欲しない。『古いのはよい』とその人はいう」と。

   安息日の穂摘み

6章 1ある安息日に麦畑を通り抜けられたときのこと、弟子たちが穂を摘み、手でもんで食べていた。2すると何人かのパリサイ人がいった、「なぜあなた方は安息日にしてならぬことをするのか」と。3イエスは答えられた、「ダビデが自分もお伴も飢えたときしたことを読まなかったのか。4彼が神の家に入って、祭司のほか食べることがゆるされない供えのパンを取って食ベ、お伴にも与えたことを」と。5また彼らにいわれた、「人の子は安息日の主である」と。

   手なえのいやし

 6別の安息日に、彼が会堂に入って教えられたときのこと、そこに右手のなえた人がいた。7学者とパリサイ人は彼が安息日にいやしをなさるかと見守っていた。それは訴える口実を見つけるためであった。8彼らの考えを悟って、彼は手のなえた人にいわれた、「起きて真ん中にお立ち」と。すると起きあがって立った。9イエスは彼らにいわれた、「あなた方にきくが、安息日に許されているのは善をなすことか悪をなすことか、いのちを救うことか滅ぼすことか」と。10そして皆を見まわしてその人にいわれた、「手をおのばし」と。そのとおりにすると、手がなおった。11彼らは怒りに満たされ、イエスをどうしようかと互いに話しあった。

   十二人の選び

 12そのころ、彼は山へ祈りに行って、神への祈りのうちに夜をあかされた。13朝になると、弟子たちを呼びよせ、その中から十二人を選んで使徒と名づけられた。14すなわち、ペテロともいわれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、15マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党と呼ばれたシモン、16ヤコブの子ユダ、イスカリオテのユダ、この人は裏切り者になった。

   群衆のいやし

 17イエスは彼らとともに山を下り、平らなところに立たれた。大勢の弟子の群れと、全ユダヤ、ことにエルサレム、またツロとシドンの海岸から来た大勢の民がいた。18彼に耳傾け、病をいやしてもらおうとしたのである。けがれた霊になやまされていたものもいやされた。19群衆は皆なんとかして彼にさわろうとしていた。彼から力が出て皆をいやしていたからである。

   さいわいな人々、わざわいな人々

 20彼は目をあげ、弟子たちを見ながらいわれた、
さいわいなのは貧しい人々、神の国はあなた方のものだから。
 21さいわいなのは今飢える人々、あなた方は満たされようから。
 さいわいなのは今泣く人々、あなた方は笑おうから。
 22さいわいなのはあなた方、人々が憎み、人の子ゆえに除名し、ののしり、汚名を着せるときに。
 23その日にはよろこび躍りなさい、天での褒美が多いから。同じように彼らの先祖も預言者たちにしたのである。
 24しかし、わざわいなのは富んでいる人々、あなた方はもう慰めを受けたから。
 25わざわいなのは今食べ飽きている人々、あなた方は飢えようから。
 わざわいなのは今笑う人々、あなた方は悲しみ泣こうから。
 26わざわいなのは、あなた方をすべての人がよくいうとき。同じように彼らの先祖も偽預言者たちにしたのである。

   敵を愛せ

 27しかし、耳傾けるあなた方にはいう、を愛し、あなた方を憎むものによくせよ。28呪うものを祝福し、なやますもののために祈れ。29あなたの頬を打つものには、ほかの頬をも出し、上着を取ろうとするものには下着をも拒むな。30求めるものにはだれにでも与え、あなたのものを奪うものから取り返すな。31人にしてもらいたく思うそのとおりに人にせよ。32自分を愛するものを愛しても何の恵みがあろう。罪びとでも自分を愛するものを愛するから。33自らによくするものによくしても、何の恵みがあろう、罪びとでも同じことをするから。34取り返すつもりで貸しても何の恵みがあろう。罪びとでも同じものを取り返そうとして罪びとに貸す。35しかし、あなた方は敵を愛し、人によくし、何も当てにせずに貸しなさい。そうすれば褒美は多かろう。そしていと高き方の子となろう。彼は恩知らずや悪者にも恵み深くいますから。36慈悲深くあれ、あなた方の父が慈悲深くいますように。

   裁くな

 37裁くな、そうすれば裁かれまい。陥れるな、そうすれば陥れられまい。ゆるせ、そうすればゆるされよう。38与えよ、そうすれば与えられよう。押えつけ、ゆすって、あふれるほどにはかってふところに入れてくれよう。はかる量りであなた方もはかってかえされようから」と。
 39なおひとつの譬えをいわれた、「目しいが目しいを導けようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。40弟子は師にまさらない。しかしだれでも修業をつめば師のようになる。41なぜ兄弟の目にあるちりが見えて自分の目にある梁に気づかないのか。42おのが目にある梁が見えずに、どうして兄弟に向かって、『兄弟、あなたの目にあるちりを取らせなさい』といえるのか。偽善者よ、まずおのが目から梁をのけよ。そうすればはっきり見えて、兄弟の目にあるちりを取りえよう。

   木と実

 43悪い実を結ぶよい木はなく、また、よい実を結ぶ悪い木もない。44どの木もその実でわかる。茨からいちじくは取れず、野草からぶどうは摘めない。45よい人は心のよい倉からよいものを持ち出し、悪い人は悪い倉から悪いものを持ち出す。心あふれて口が語るのだから。

   岩の上か砂の上か

 46なぜわたしを主よ主よと呼びながら、わたしのいうことを行なわぬのか。47わたしのところに来てわがことばを聞いてそれを行なうものがだれに似るか、教えよう。48それは深く地を掘って岩の上に土台を置いて家を建てる人に似る。洪水が出て、流れがその家に当たってもよく建っているからゆれない。49聞いて行なわぬものは、土の上に土台なしで家を建てた人に似る。流れが当たるとすぐ倒れ、その家の倒れ方はひどい」と。

   百卒長

7章 1民にすべてのことを聞かせてから、彼はカペナウムに入られた。2ある百卒長のかけがえのない僕が病気で死にそうであった。3彼はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをつかわし、僕を救いに来てくださるようお願いした。4彼らはイエスのところに来てしきりに願っていった、「あの人はそうしていただくにふさわしい人です。5わが民を愛して自らわれらに会堂を建ててくれました」と。6イエスは彼らといっしょに行かれた。しかし、すでにその家からほど遠からずなったとき、百卒長は友人たちをやっていわせた、「主よ、ご足労なく。わが屋根の下にお入りいただく資格はわたしにありません。7それで、わたし自らお近くに出るのはふさわないと思いました。ただ、おことばでおっしゃって、僕をおなおしください。8わたしは権威に服する人間で、部下に兵卒がいます。これに『行け』といえば行き、別のに『来い』といえば来ます。僕に『これをせよ』といえばします」と。9イエスはこれを聞いて彼に驚嘆し、ついて来た群衆に振り返っていわれた、「わたしはいう、イスラエルの中にもこんな信仰を見たことはない」と。10使いの人たちが家に帰ると、僕はなおっていた。

   ナインの若者

 11そののち、彼はナインと呼ばれる町へ行かれた。弟子たちと多くの群衆がお伴した。12町の門に近づかれると、ちょうど、あるひとり息子が死んで、かつぎ出されるところであった。その母はやもめで、町のかなりの群衆がいっしょにいた。13主は彼女を見てあわれみ、「泣かないで」といわれた。14そして近よって棺(ひつぎ)に手をかけられた。かつぐものが立ちどまったのでいわれた、「若者よ、あなたにいう、起きよ」と。15死人は起きあがって話しはじめた。イエスは彼を母に渡された。16皆がおそれを抱き、「大預言者がわれらのうちに現われた」。また、「神はその民を顧みたもう」といって神をたたえた。17イエスについてのこの話は全ユダヤとその周辺一帯にひろまった。

   ヨハネのつまずき

 18ヨハネの弟子たちはこれらすべてを彼に告げた。19ヨハネは弟子たちからふたりのものを呼び、主のところにやっていわせた、「あなたが来たるべきお方ですか、それともほかの人を待つべきですか」と。20その人たちはイエスのところに来ていった、「洗礼者ヨハネからつかわされました。『あなたが来たるべきお方ですか、それともほかの人を待つべきですか』と申しています」と。21そのとき、彼は多くの人を病と苦しみと悪霊からいやし、多くの目しいを見えるようにされていた。22彼は答えられた、「行ってあなたが見聞きすることをヨハネに告げよ、目しいは見、足なえは歩み、らい者は清まり、耳しいは聞き、死人はよみがえり、貧しい人々は福音に接する。23さいわいなのはわたしにつまずかぬ人!」と。

   ヨハネの評価

 24ヨハネの使いが去ると、彼は群衆にヨハネのことを話しだされた、「何を見にあなた方は荒野に出かけたのか。風にそよぐ葦か。25それでは何を見に出かけたのか。柔らかい着物を着た人か。見よ、立派な着物を着て派手に暮らしている人々は宮殿にいる。26それでは何を見に出かけたのか。預言者をか。しかり、わたしはいう、預言者以上のものをである。27見よ、わたしは使いをあなたの前につかわし、あなたの前に道をそなえさせよう』と書かれているのはこの人である。28わたしはいう、女の生んだもののうち、ヨハネ以上のはひとりもない。しかし神の国でもっとも小さいものも彼以上である。29彼に耳傾けた民は皆、取税人までもヨハネの洗礼を受けて、神を正しいとした。30しかしパリサイ人と律法学者は彼から洗礼を受けずに、彼らのためを思う神のお心を無にした。
 31さて、この時代の人々を何にたとえようか。彼らは何に似ていようか。32子どもが広場にすわって互いに呼びあうのに似る、『われらが笛を吹いたのにあなた方は踊らず、哀歌をうたったのにあなた方はなげかなかった』と。33なぜなら、あなた方は、洗礼者ヨハネが来て、パンを食べず、ぶどう酒を飲まないと、『悪霊につかれている』といい、34人の子が来て飲み食いすると、『大食漢、酒飲み、取税人、罪びとの友』という。35しかし知恵の正しさはその子ら皆によって示される」と。

   香 油

 36パリサイ人のひとりがごいっしょに食事をと彼に願ったので、そのパリサイ人の家に入って食卓につかれた。37そのとき、その町にひとりの罪の女がいた。イエスがパリサイ人の家で食事中と知って、香油の入った石膏の壺を持参し、38泣きながらうしろからお足もとに寄り、まず涙でみ足をぬらし、やがて髪の毛でそれを拭い、み足に口づけして香油をぬった。39彼を招いたパリサイ人がそれを見てひそかに思った、「もしこの人が預言者なら、自分にさわったものがだれか、どんな女か、すなわち罪の女とわかるだろう」と。40イエスがいわれた、「シモン、あなたにいうことがある」と。彼はいう、「先生、おっしゃってください」と。41「ある金貸しにふたりの借り手があった。ひとりは五百デナリ、ひとりは五十デナリを借りていた。42返すものがなかったのでふたりともゆるしてやった。そこで、ふたりのうちどちらが金貸しを多く愛するか」と。43シモンが答えた、「多くゆるしてもらったほうと思います」と。彼はいわれた、「あなたの考えは正しい」と。44そして女のほうに振り向いてシモンにいわれた、「この女の人が見えるか。わたしがあなたの家に来たとき、あなたは足洗いの水をくれなかったのに、彼女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。45あなたは口づけしてくれなかったのに、彼女はわたしが来てからわたしの足に口づけしつづけた。46あなたは頭に油をぬってもくれなかったのに、彼女は香油を足にぬってくれた。47それゆえあなたにいう、彼女の多くの罪はゆるされている。多く愛したゆえにである。ゆるされることの少ないものは愛することも少ない」と。48彼女にいわれた、「あなたの罪はゆるされている」と。49同席のものはひそかに考えはじめた、「この人はだれだろう、罪をもゆるすとは」と。50彼は女にいわれた、「あなたの信仰があなたを救った。やすらかにお帰り」と。

   お伴の女たち

8章 1そののち彼は町々村々をまわって神の国をのべ伝え、その福音を説かれた。十二人がお伴をした。2悪霊や病からいやされた何人かの女たち、すなわち、七人の霊から解放されたマグダラの女ことマリヤ、3ヘロデの家令クーザの妻ヨハンナとスザンナ、そのほか多くの女たちもいっしょであった。彼女らは自分の財産を出して彼らに奉仕した

   種まきの譬え

 4大勢の群衆が集まり、町々からも人々が押しよせたので、彼は譬えでいわれた5「種まきが種をまきに出かけた。まくうちに、あるものは道ばたに落ちて、踏みつけられ、空の鳥が食べた。6あるものは岩の上に落ちた。生えたが、水気がないので枯れた。7あるものは茨の間に落ちた。すると茨がいっしょに生えて押えつけた。8あるものはよい地に落ち、生えて百倍の実がなった」と。こういってから、「聞く耳あるものは聞け」と叫ばれた。

   譬えの説明

 9弟子たちがこの譬えの意味をおたずねすると、10彼はいわれた、「あなた方には神の国の奥義を知ることがゆるされているが、ほかの人たちには譬えで話す。彼らが見ても見えず、聞いても悟らないためである11譬えはこうである。種は神のことばである。12道ばたのものとは、聞くがそのあとで悪魔が来て、彼らが信じて救われないようにと、その心からことばを取り去る人々である。13岩の上のものとは、聞いてよろこんで受け入れるが、この人たちは根がないので、しばらくは信じているが試みの時に離れる人々である。14茨の間に落ちたものとは、聞いて、人生のわずらいや富や快楽に押えられて、実らない人々である。15よい地のものとは、よい正しい心でみことばを聞いて守り、忍耐をもって実る人々である。

   譬えの活用

 16だれも明りをつけて器でおおったり寝台の下に置いたりはしない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。17隠れたものであらわにならぬものはなく、秘められたもので知られぬままで明るみに出ないものはない。18それゆえ、聞きかたに心せよ。持つ人は与えられ、持たぬ人は持つと思うものまでも取られる」と。

   真の身うち

 19彼の母と兄弟が彼のところに来たが、群衆のためいっしょになれなかった。20「母上とご兄弟方がお会いしたいと外にお立ちです」と知らせがあった。21彼は答えられた、「わが母、わが兄弟は、神のことばを聞いて行なう人々である」と。

   嵐の制止

 22ある日のこと、彼は弟子たちと小舟に乗って、「湖の向こう岸へ渡ろう」といわれるので、船出した。23渡る間に、彼は眠り込まれた。すると突風が湖に吹きおろし、彼らは波をかぶってあぶなくなった。24彼らはおそばへ来て、「先生、先生、おぼれます」といってお起こしした。彼が目を覚まして風と波をたしなめられると、静まって凪になった。25彼はいわれた、「あなた方の信仰はどこにあるのか」と。彼らはおそれ、おどろき、互いに語りあった、「この方はいったいだれだろう、お命じになると風も波も従うとは」と。

   悪霊と豚

 26彼らはゲラサ人の地に渡った。ガリラヤの向こう岸である。27舟から陸にあがられると、その町のある男が迎えた。彼は悪鬼につかれていて、かなりの間着物を着ず、家にでなく墓に住んでいた28イエスを見ると、叫びながらみ前にひれ伏し、大声でいった、「何のご用です、いと高き神の子、イエスさま。お願いです、わたしを苦しめないでください」と。29これは、イエスがけがれた霊にその人から出るよう命じられたからである。霊は何度もその人をとらえた。彼は鎖と足かせでつながれて監視されていたが、そのつなぎを切って、悪霊に追われて荒野に行ったのである。30イエスはおたずねになった、「何という名か」と。彼はいった、「
軍団(レギオン)です」と。大勢の悪鬼が彼に入り込んでいたからである。31また、悪鬼は地の底に行けとお命じのないようお願いした。32ちょうどそこの山でかなりの豚の群れが飼われていた。悪鬼どもはそれに移り入ることをお願いした。彼はおゆるしになった。33悪鬼どもは人から出て豚に入った。すると群れは崖を湖へなだれ込んでおぼれ死んだ。34豚飼いたちは出来事を見て逃げ出し、町や里にふれまわった。35人々は出来事を見に出て来たが、イエスのところに来て、悪鬼が出た人が着物を着、正気になってイエスの足もとにすわっているのを見て、おそろしくなった。36目撃者たちは悪鬼につかれた人がどのように救われたかを人々に知らせた。37ゲラサ地方の住人は皆大いにおそれて、イエスにお立ち去りくださるようお願いした。彼は小舟に乗って帰られた。38悪鬼が出た人はお伴をと願ったが、こういってお帰しになった、39「家に帰って、神があなたになさったことのすべてをお話しなさい」と。すると彼は立ち去って、イエスが彼になさったことのすべてを町じゅうにひろめた。

   ヤイロの娘と長血の女

 40イエスが帰られると、群衆は歓迎した。皆お待ちしていたのである。41するとそこにヤイロという名の人が来た。この人は会堂司であった。イエスのお足もとにひれ伏して、家においでくださいと願った。42十二歳ばかりのひとり娘があって、死にかけていたのである。しかし彼がお出かけのとき、群衆が彼に押し迫って来た。43すると、十二年来長血で、だれにもなおしてもらえなかった女が44近よってうしろから彼の上着の裾にさわった。するとたちまち出血がやんだ。45イエスはいわれた、「わたしにさわったのはだれか」と。皆が知らないと答えると、ペテロがいった、「先生、群衆があなたをかこんで、もみあっています」と。46イエスはいわれた、「だれかがさわった。わたしから力が出て行ったのを感じたから」と。47女は隠せないのをみて、ふるえながらみ前に出てひれ伏し、さわったわけと、たちまちなおったことを皆の前で話した。48彼はいわれた、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安らかにお帰り」と。49まだ彼がお話しのところに、会堂司の家から人が来ていった、「あなたの娘さんはなくなりました。もう先生をわずらわさぬように」と。50イエスはそれを聞いて司にいわれた、「おそれるな。ただ信ぜよ。そうすれば助かる」と。51家に来られると、ペテロとヨハネとヤコブと、子の父と母のほかはいっしょに入ることをゆるされなかった。52皆が泣いて子を惜しんでいた。彼はいわれた、「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ」と。53人々は死んだと知っていたので彼をあざけった。54しかし彼は子の手を取って、声を高めて「子よ、起きよ」といわれた。55すると子の霊がもどって、子はすぐ立ちあがった。そこで彼は食べ物を与えるよういいつけられた。56両親はおどろきいった。彼はこの出来事をだれにもいわぬようお命じになった。

   十二人の派遣

9章 1十二人を呼び集めて、すべての悪鬼を押え、病をいやす力と権威を与え、2神の国をのべ伝えていやしをするよう彼らをつかわされた。3彼らにいわれた、「道中何も持つな、杖も、袋も、パンも、金も。下着の替えも持つな。4家に入ったら、そこに泊まってそこから出かけよ。5人々があなた方を歓迎しないなら、その町を出るとき彼らへの証のために足のちりを払い落とせ」と。6彼らは出かけて、村から村へとまわり、至るところで福音を説き、また病をいやした。

   ヘロデの恐怖

 7領主ヘロデはこれらの出来事すべてを耳にして、心平らかではなかった。あるものはヨハネが死人の中から復活した、8あるものはエリヤが現われた、またほかのものは昔のある預言者がよみがえった、といったからである。9しかしヘロデはいった、「ヨハネはわたしが首をはねた。このようなうわさを聞くその男はだれだ」と。彼はイエスに会いたく思っていた。

   五千人のパン

 10使徒たちは帰って来て、したことのすべてをイエスに話した。イエスは彼らを連れて、そっとベツサイダという町へ退かれた。11群衆がそれと知って、ついて来たので、彼らを迎えて神の国について語り、手当を要するものをなおされた。12日が傾きかけると、十二人がおそばへ来ていった、「群衆を解散させ、まわりの村や里へ行って宿らせ、食事をさせてください。われらはこんな人里離れたところにいますから」と。13彼はいわれた、「あなた方が食べ物をお与えなさい」と。彼らはいった、「パン五つと魚二匹しか手もとにありません、われらがこの人たち皆の食べ物を買いに行かないかぎり」と。14男五千人ほどがいたからである。彼は弟子たちにいわれた、「五十人くらいずつ組にしてすわらせなさい」と。15彼らはそのとおりにして、皆をすわらせた。16彼はその五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いでそれを祝福して裂き、群衆に配るように弟子たちに渡された。17皆が食べて満腹した。余りのくずを拾うと、十二籠あった。

   ペテロの告白、受難予告第一

 18彼がひとりで祈っておられたときのこと、弟子たちがおそばにいたのでおたずねになった、「群衆はわたしをなんといっているか」と。19彼らが答えた、「洗礼者ヨハネです。あるものはエリヤ、あるものは昔のある預言者がよみがえった、と申します」と。20彼らにいわれた、「あなた方はわたしをなんというか」と。ペテロが答えた、「神のキリスト」と。21彼は弟子たちをたしなめてこのことをだれにもいわぬよう命じられた。そして、いわれた、22「人の子は多くの苦しみを受け、長老、大祭司、学者から捨てられ、殺されて三日目に復活せねばならぬ」と。
 23そして皆にいわれた、「わたしについて来ようとするものは、おのれを捨てて日ごとおのが十字架を負い、それからわたしに従え。24おのがいのちを救おうとするものはそれを失い、わたしのためにいのちを失うものはそれを救おう。25人が全世界をかち得ても、自らを失いまたは損したら、何の利得があろう。26わたしとわがことばを恥じるものがあれば、その人を人の子は恥じよう、彼が自分と父と聖なる天使たちの栄光のうちに来るときに。27本当にいう、ここに立っているものの中には、神の国を見るまで死を味わわぬものがある」と。

   変 容

 28これらのことをいわれてから八日ほどして、彼はペテロとヨハネとヤコブを連れて山に上って祈られた。29祈っておられると、お顔の様子が変わり、お着物が白く輝いた。30すると見よ、ふたりの人が彼と話していた。それはモーセとエリヤで、31栄光のうちに現われ、イエスがエルサレムで遂げねばならぬ最期について話していたのである。32ペテロと仲間は眠り込んでいたが、目を覚まして、彼の栄光と、彼とともに立つふたりの人とを見た。33ふたりが彼と別れるとき、ペテロはイエスにいった、「先生、われらがここにいるのをさいわい、幕屋を三つ作りましょう、一つをあなたに、一つをモーセに、一つをエリヤに」と。何をいっているのか、自分にもわからなかったのである。34ペテロがこういううちに雲がおこって彼らをおおった。彼らは雲の中に入ったときおそれた。35すると、雲の中から声がした、「これはわが選びのいとし子。彼に耳傾けよ」と。36声がしたとき、見ると、イエスだけがおられた。彼らは黙りこんで、見たことをそのころ、いっさいだれにも話さなかった。

   てんかんのいやし、受難予告第二

 37次の日彼らが山をおりると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。38すると見よ、群衆のひとりが叫んだ、「先生、お願いします。倅
(せがれ)にお心をおかけください。ひとり息子です。39霊がとりつくが早いか急に叫びだし、ひきつけさせて泡をふかせ、なかなか離れないで弱らせます。40お弟子たちに霊を追い出すようお願いしましたが、おできになりませんでした」と。41イエスが答えられた、「ああ不信の曲がった世代よ、いつまであなた方のところにいてあなた方を辛抱すべきか。息子をここに連れて来なさい」と。42来るうちに悪鬼が子を倒してひきつけさせた。イエスはけがれた霊をたしなめて子をいやし、父親に返された。43皆が神の偉大さにおどろきいった。
 皆が彼のなさったことすべてにおどろいていると、彼は弟子たちにいわれた、44「あなた方はこのことばを耳に入れておきなさい。人の子は人々の手に渡されよう」と。45しかし彼らはこのことがわからなかった。彼らに隠されていたので、理解できなかったのである。そしてこわかったので、そのことについておたずねしなかった。

   順位争い、味方

 46弟子たちの間に、自分たちのだれが一番偉いか、という考えがおこった。47イエスは彼らの心の考えを悟って、幼子の手を取って自らのそばに立たせて48いわれた、「わが名のゆえにこの幼子を迎えるものはわたしを迎える。わたしを迎えるものはわたしをつかわされた方をお迎えする。あなた方の間では一番小さいものが一番偉い」と。
 49ヨハネがいった、「先生、あなたのみ名で悪鬼を追い出しているものを見ましたが、われらに従いませんので、やめさせました」と。50イエスは彼にいわれた、「やめさせるな。あなた方に反対せぬものはあなた方の味方である」と。

  ルカの旅行記(9:51~18:14)

   サマリア人の排斥

 51昇天の日が迫ったので、彼は顔を毅然とエルサレムへ向けて進み、52使いたちを先発させられた。彼らが行って宿の用意にとサマリア人の村に入ると、53人々は彼を受け入れなかった。顔をエルサレムへ向けて進んでおられたからである。54弟子のヤコブとヨハネがそれを見ていった、「主よ、天から火を呼びおろして彼らを焼き殺しましょうか」と。55彼は振り返ってふたりをたしなめられた。56そして一行は別の村へと進んだ。

   イエスへの信従

 57彼らが道行くとき、ある人がイエスにいった、「どこでもおいでのところへお伴します」と。58イエスはいわれた、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし人の子には枕するところがない」と。59またほかの人にいわれた、「わたしに従いなさい」と。その人がいった、「まず父を葬りに行かせてください」と。60その人にいわれた、「死人に自分らの死人を葬らせ、あなたは行って神の国をのべ伝えなさい」と。61もうひとりもいった、「主よ、お伴します。ただ、まず家のものに別れを告げさせてください」と。62イエスはいわれた、「鋤に手をかけてからうしろを見るものは神の国にふさわない」と。

   七十二人の派遣

10章 1そののち主は別の七十〔二〕人を定め、自ら行こうとされるすべての町や里へふたりずつ先発させられた。2彼らにいわれた、「刈入れは多く、働き手は少ない。それゆえ、刈入れの主に刈入れのため働き手を送られるようお願いしなさい。3行っていらっしゃい。こうしてあなた方をつかわすのは羊を狼の中に入れるようだ。4財布も袋も持たず、靴もはくな。道でだれにもあいさつするな。5ある家に入ったら、まず、『平安この家に』といいなさい。6もしそこに平安の人がいれば、あなた方の平安はその人にとどまろう。もしいなければ、それはあなた方にかえろう。7同じ家に泊まって、そこの人々の出すものを飲み食いせよ。働き手に報酬は当然である。家から家へと移るな。8ある町に入って、人々があなた方を歓迎するなら、出されるものを食べよ。9そしてその町の病人をいやし、『あなた方に神の国は近づいた』といいなさい。10ある町に入って、人々があなた方を歓迎しないなら、大通りに出ていいなさい、11『われらは足についたこの町のちりまであなた方に拭いて返す。しかし知れ、神の国が近づいたことを』と。12わたしはいう、かの日には、ソドムのほうがその町よりは耐えやすかろう。

   ガリラヤの町々、七十二人の帰還

 13呪われている、コラジンよ。呪われている、ベツサイダよ。あなた方のところで行なわれた奇跡がツロやシドンで行なわれたら、彼らはとうの昔に灰の中にすわって悔い改めたろう。14しかし裁きの日にはツロやシドンのほうがあなた方よりは耐えやすかろう。15さておまえカペナウム、天にまで挙げられようか。否
(いな)、黄泉(よみ)にまで落とされよう。16あなた方に耳傾けるものはわたしに耳傾け、あなた方を拒むものはわたしを拒む。そしてわたしを拒むものはわたしをつかわされた方を拒む」と。
 17七十〔二〕人がよろこび帰っていった、「主よ、あなたのみ名によって、悪鬼もわれらに従います」と。18彼らにいわれた、「悪魔
(サタン)がいなずまのように天から落ちるのが見えていた。19このとおり、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に勝つ権威をあなた方に与えた。何ものもあなた方をそこなうまい。20しかし諸霊があなた方に従うことをよろこばず、自分の名が天にしるされていることをよろこびなさい」と。
 21そのとき彼は聖霊に満ちてよろこび、こういわれた、「讃美します、天地の主にいます父上、これらのことを賢人知者に隠して幼子にあらわされましたことを。そうです、父上、それはみ心にかなうことでした。22すべては父からわたしにまかされている。父のほか子を知るものはなく、子と、子が父をあらわしてあげるものとのほか父を知るものはない」と。23それから弟子たちのほうをむいて、そっといわれた、「さいわいなのはあなた方が見ているものを見る目。24わたしはいう、多くの預言者と王とはあなた方が見ているものを見たいと思っても見えず、あなた方が聞いているものを聞きたいと思っても聞けなかった」と。

   よいサマリア人

 25そこにひとりの律法学者が現われ、彼を試みようとしていった、「先生、永遠
(とこしえ)のいのちを継ぐには何をすべきでしょうか」と。26彼はいわれた、「律法に何と書いてあるか。あなたの読み方はどうか」と。27彼は答えた、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ、また、隣びとを自分のように愛せよ』とあります」と。28彼にいわれた、「あなたの答えは正しい。それを実行なさい。そうすれば生きえよう」と。29彼は自らを守るためにイエスにいった、「では、わが隣びとはだれですか」と。30イエスはそれを受けていわれた、「ある人がエルサレムからエリコへ下って行くとき、強盗にやられた。彼らははぎとり、なぐり、半殺しにして逃げた。31たまたまある祭司がその道を下ってきたが、その人を見ながら、向こう側を通って行った。32同じようにレビ人もそのところに来たが、見ながら向こう側を通って行った。33しかし旅するあるサマリア人はその人のところに来ると、見てあわれに思い、34近よって傷にオリブ油とぶどう酒を注いで包帯し、自分のろばに乗せて宿屋に連れて行って手当てした。35そしてあくる日宿屋の主人に二デナリ渡していった。『この人に手当てをしてください。もっと金がかかったら、わたしが帰りに払いましょう』と。36この三人のうち、だれが強盗にあった人の隣びとであったとあなたは思うか」と。37彼はいった、「その人に親切にした人です」と。イエスはいわれた、「行って、あなたも同じようになさい」と。

    マルタとマリヤ

 38彼らが道行くうち、彼はある村に入られた。マルタという女が彼を家にお迎えした。39彼女にマリヤという姉妹があって、主のお足もとにすわってお話を聞いていた。40マルタはあれこれのもてなしに忙しくしていたが、進み出ていった、「主よ、姉妹がわたしだけにおもてなしをさせているのをお気にとめてくださいませんか。手伝うようおっしゃってください」と。41主は答えられた、「マルタ、マルタ、あなたはあれこれと心を配って落ち着かないが、42無くてならぬものはただひとつである。マリヤはよいほうを選んだ。それを取りあげてはいけない」と。

   主の祈り

11章 1あるところで祈っておられたときのこと、それがすむと、ある弟子がいった、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、われらにも祈りをお教えください」と。2彼らにいわれた、「祈るときはこういいなさい、
  父上、み名の聖まりますように。
  み国が来ますように。
  3その日の食べ物を日ごとわれらにお与えください。
  4われらの罪をおゆるしください、われらも加害者を皆
   ゆるしますから。
  われらを試みにおあわせなく」
と。

   真夜中の友だちの譬え

 5また彼らにいわれた、「あなた方のだれかに友だちがあって、真夜中にたずねてこういったとする、『友よ、パンを三つ貸してください、6わたしの友だちが旅先から来たのに何も出すものがないので』と。7その友だちは中から答えよう、『邪魔しないで。もう戸はしめたし、子どもらもわたしと寝ている。起きて貸してはあげられない」と。8わたしはいう、友だちだからとて起きて貸しはしなくても、その厚かましさのゆえに起きて、要るだけ貸してやるであろう。

   求めよ

 9それでわたしはいう、「求めよ、さらば与えられよう。探せ、さらば見いだそう。戸をたたけ、さらば開かれよう。10すべて、求めるものは受け、探すものは見いだし、戸をたたくものには開かれよう。11あなた方のうちのどんな父でも、子が魚を求めるのに魚のかわりに蛇を与えようか。12卵を求めるのにさそりを与えようか。13そのように、あなた方は悪者ながら、おのが子によいものを与えることを知っている。まして、天の父が、求めるものに聖霊を賜わらないであろうか」と。

   ベルゼブル問答

 14彼は悪鬼を追い出しておられた。それは唖者(の霊)であった。悪鬼が出ると、唖者が口をきいたので、群衆は驚いた。15そのあるものがいった、「悪鬼の頭ベルゼブルによって悪鬼を追い出している」と。16またあるものは彼を試みて天からの徴を彼に求めた。17彼はその心の中を察していわれた、「内輪もめすれば国は皆滅び、家は重なりあって倒れる。18悪鬼も内輪もめすれば、どうしてその国が立とう。あなた方はわたしがベルゼブルによって悪鬼を追い出すという。19しかし、もしわたしがベルゼブルによって悪鬼を追い出すならば、あなた方の仲間は何によって追い出すのか。それゆえ、あなた方の仲間がことを明らかにしよう。20もし神の指でわたしが悪鬼を追い出すのならば、神の国はあなた方のところに来ている。21強いものが武装して自分の城を守れば、その持ちものは安全である。22しかしより強いものが襲って来て勝てば、彼らは頼みの武具を奪い、分捕品を分ける。23わたしといっしょでないものはわたしに反対し、わたしといっしょに集めないものは散らす。

   七人の霊

 24けがれた霊が人から出ると、水のない荒地を歩きまわって休み場所を探す。しかし見つからない。そこでいう、『出て来た家に戻ろう』と。25戻ると、掃き清められて、整頓してあった。26そこで出かけて自分より悪いほかの七人の霊を連れて来て、入ってそこに住み込む。それでその人ののちの様子は前よりも悪くなる」と。27こうお話しのときに群衆の中からある女が声を高めて彼にいった、「さいわいなのはあなたを宿した胎、あなたがすった乳房」と。28彼はいわれた、「ちがう。さいわいなのは、神のことばを聞いて守る人々」と。

   ヨナの徴

 29群衆が押しよせて来たとき、彼は話しだされた、「この世代は悪い世代である。それは徴を求めるが、徴はヨナの徴のほか与えられまい。30ヨナがニネベの人に徴となったように、人の子もこの世代の人に徴となろう。31南の国の女王がこの世代の人々といっしょに裁きに現われて、その人々を裁こう。それは彼女が地の果てからソロモンの知恵を聞きに来たからである。しかし今ここにソロモン以上のものがいる。32ニネベの人々がこの世代の人々といっしょに裁きに現われて、それを裁こう。それはニネベの人々はヨナの説くことばによって悔い改めたからである。しかしいまここにヨナ以上のものがいる。

   目を正せ

 33だれも明りをつけて片すみや枡の下には置かない。入って来るものに光が見えるように燭台の上に置く。34体の明りはあなたの目である。あなたの目が澄んでいるときは、全身が明るいが、目が悪いと、体も暗い。35それゆえ、あなたの内の光が暗くならぬよう心せよ。36もしあなたの全身が明るくて少しも暗い部分がなければ、明りがその輝きであなたを照らすように、すべてが明るかろう」と。

   パリサイ人批判

 37お話しのとき、あるパリサイ人がその家でお食事をと願ったので、入って食卓につかれた。38そのパリサイ人は彼が食前にまず清めをされないのを見ておどろいた。39主は彼にいわれた、「さてさて、あなた方パリサイ人は杯や盆の外側は清めるが、内側は欲望と悪意に満ちている。40わからずやよ、外側をお造りの方が内側もお造りではないか41しかし内のものを施しにせよ。たちまちあなたのすべてが清まる。42わざわいなのはあなた方パリサイ人、薄荷
(はっか)や芸香(うんこう)やすべての野菜の十分の一税は納めるが、正義と神の愛はなおざりにするから。これこそ行なうべきであり、あれもなおざりにすべきでない。43わざわいなのはあなた方パリサイ人、会堂の上座や市場でのあいさつを好むから。44わざわいなのはあなた方、目だたぬ墓のようで、人は知らずにその上を歩くから」と。
 45するとひとりの律法学者が答えた、「先生、あなたはそうおっしゃって、われらをも侮辱なさいます」と。46彼はいわれた、「あなた方律法学者もわざわいだ、人には負い切れぬ荷を負わせながら、自分では指一本その荷にふれてやらないから。47わざわいなのはあなた方、自分の先祖が殺した預言者の碑を建てるから。48あなた方は自分の先祖のわざの証人かつ支持者である、先祖は殺し、あなた方は碑を建てるから。49それゆえ神の知恵もいった、『預言者や使徒をつかわすと、彼らはそのあるものを殺し、また迫害しよう』と。50これは、世のはじめから流されたすべての血に対してこの世代が跡始末させられるためである。51アベルの血から、祭壇と聖所との間で殺されたザカリヤの血にいたるまで。本当にいう、この世代は跡始末をさせられよう。52わざわいなのはあなた方律法学者、知識の鍵を取りあげて、自らも入らず、入ろうとするものを妨げるから」と。53彼がそこを出られると、学者とパリサイ人はひどく反発し、たくさんの質問をあびせはじめた。54彼の口から何かことばじりをとらえようとねらっていたのである。

   おそれず言え

12章 1そのうちに数万の群衆が集まって来て、互いに踏みあうほどであった。彼はまず弟子たちにいいだされた、「パリサイ人のパン種に気をつけよ。それは偽善である。2おおわれたもので現わされぬものはなく、隠されたもので知られぬものはない。3それゆえ、あなた方が闇でいったことはすべて明るみで聞かれ、奥の部屋でいったことは屋根の上で伝えられる。4わが友としてあなた方にいう、体を殺しても、そのあとでそれ以上は何もできないものをおそれるな。5あなた方がおそれるべきものを示そう。殺したあとで地獄
(ゲヘナ)に投げ入れる権威をお持ちの方をおそれよ。本当に、わたしはいう、その方をおそれよ。6雀は五羽二アサリオンで売られるではないか。しかし、神の前にはその一羽も忘れられていない。7それどころか、あなた方の髪の毛もすべて数えられている。おそれるな。あなた方は多くの雀よりもすぐれている。8わたしはいう、だれでも人々の前でわたしをいいあらわすものを人の子も神の使いたちの前でいいあらわそう。9しかし人々の前でわたしを否むものは神の使いたちの前で否まれよう。10人の子にいいさからうものは皆ゆるされよう。しかし聖霊をけがすものはゆるされまい。11あなた方が会堂や役人や官権へと引っ張られるとき、いかに、何を弁明し、何をいおうかと心配するな。12聖霊がそのとき何をいうべきかを教えよう」と。

   愚かな金持の譬え

 13群衆のひとりが彼にいった、「先生、遺産をわたしに分けるよう兄におっしゃってください」と。14彼はいわれた、「君、だれがわたしをあなた方の裁判官また分配人に任命したのか」と。15そして人々にいわれた、「すべての欲望に注意し、心せよ。あり余っていても財産からいのちは出て来ないから」と。16そして彼らに譬えを話された、「ある金持の畑が豊作であった。17そこでそっと考えた、『どうしよう。作物をしまう場所がない』と。18やがていった、『こうしよう、倉をこわして大きいのを建て、わが穀物と財産をしまって、19わが魂にいおう、魂よ、おまえには長年のための財産がたくさんしまってある。休み、食べ、飲み、楽しめ』と。20しかし神はその人にいわれた、『愚かものよ、今夜おまえの魂はとられよう。おまえが用意したものはだれのものになるのか』と。21自分のために宝をつんで、神に対して富まぬものはこのようである」と。

   生活の心配

 22彼は弟子たちにいわれた、「それゆえわたしはいう、何を食べようかといのちのことを、何を着ようかと体のことを気にするな。23いのちは食べ物以上、体は着物以上である。24鳥を考えてみよ、まかず、刈らず、納屋も倉もないのに、神は養いたもう。あなた方はどれだけ烏にまさることか。25あなた方のだれが、気を配って寿命を少しでも延ばせるか。26そんな小さいこともできずに、なぜほかのことを気にするか。27花は紡ぎも織りもしないことを考えてみよ。わたしはいう、栄華をきわめたソロモンもこの花のひとつほども着飾ってはいなかった。28きょう野にあり、あす炉に投げ込まれる草を神がこのように装いたもうならば、ましてあなた方はなおさらである。信仰の小さい人々よ。29あなた方も何を食べ何を飲もうと求めるな、気にするな。30それらはみな世の民が欲するもの。あなた方の父上はあなた方にそれらが要ることをご承知である。31ただ彼のみ国を求めよ。そうすればそれらは加えて与えられよう。32おそれるな、小さい群れよ、あなた方の父上はよろこんでみ国を賜わるから。33持ちものを売って施しをなさい。自分のために古びない財布をつくり、盗人が近づかず、しみも食わない天に無限の宝をつみなさい、34あなた方の宝のあるところにあなた方の心もあるから。

   よい僕と悪い僕の譬え

 35腰に帯し、明りをともしておれ。36あなた方は、主人が婚宴から帰って戸をたたくとすぐあけられるように待ちかまえている人のようであれ。37さいわいなのは、主人が帰ったとき目を覚ましているのを見られる僕たち。本当にいう、主人が帯をし、僕たちを食卓につかせ、そばに来てもてなそう。38主人が夜中または夜明けに帰ってこのように目覚めているのを見れば、僕たちはさいわいである。39このことを知れ、何時に盗人が来るとわかっていれば、家主は家に押し入らせまい。40あなた方も用意していよ。人の子は思わぬときに来るから」と。
 41ペテロがいった、「主よ、この譬えはわれらのためにお話しですか、それとも皆のためにもですか」と。42主はいわれた、「主人が支配人を召使いの上に立て、時間によってきまった食事を与えることにした場合、いったいどんな支配人が忠実で思慮があろうか。43それは、主人が帰ったとき、いわれたようにしているのを見られる僕で、その僕はさいわいである。44本当にいう、彼に全財産を管理させよう。45しかしその僕が、主人の帰りはおそい、と心に考えて、下男や下女をたたき、飲み食いして酔いはじめると、46待ちもうけぬ日、思わぬ時にその僕の主人が帰って、僕を八つ裂きにし、不信者と同じ目にあわせよう。47主人の心を知りつつも用意せず、あるいはその心に従わなかった僕ははげしく鞭打たれよう。48しかし知らないものは、鞭打たれても、打たれ方が少なかろう。すべて多く与えられたものからは多く求められ、多くまかされたものからはより多く期待される。

   平和と十字架

 49わたしはを地上に投げに来た。それがもう燃えあがることが、どんなに願わしいことか。50しかしわたしには受けるべき洗礼がある。それがすむまでは、何と心苦しいことか。51わたしが地上に平和を与えに来たとあなた方は思うか。そうではない、わたしはいう、むしろ分裂をである。52今からのち、ひとつ家の五人が割かれて、三人対二人、二人対三人となり、53父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、姑は嫁に、嫁は姑に割かれよう」と。

   天からの徴

 54また群衆にもいわれた、「あなた方は雲が西に出るのを見るやいなや、『にわか雨が来る』というが、はたしてそのとおりになる。55南風が吹くと、『暑くなろう』というが、はたしてそうなる。56偽善者どもよ、地と天の様子を見分けることを知りながら、どうしてこの時を見分けないのか。57あなた方は、正しいことをなぜ自ら判断しないのか。58あなたは訴え手といっしょに役人のところに行く間に、道すがらその人と話をつけるよう努めよ。さもないと、訴え手はあなたを裁き人の前へ引き行き、裁き人は執行人に引き渡し、執行人は牢に投げ込もう。59わたしはいう、最後の一レプタを払うまで決してそこから出られまい」と。

   ガリラヤとシロアムのいけにえ

13章 1ちょうどそのとき、人々が来て、彼にガリラヤ人のことを告げた。ピラトがガリラヤ人の血を彼らのささげるいけにえ(の血)にまぜたのであった2彼は答えられた、「そのガリラヤ人はそんな目にあったがゆえに、ほかのすべてのガリラヤ人よりも罪びとであったと思うか。3そうではない。わたしはいう、あなた方も悔い改めねば皆同じように滅びよう。4また、シロアムでやぐらが倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいたすべての人よりも罪びとであったと思うか。5そうではない。わたしはいう、あなた方も悔い改めねば皆同じように滅びよう」と。

   実らぬいちじくの譬え

 6この譬えを話された、「ある人がそのぶどう園にいちじくの木を植えておいた。そして実を探しに来たが見つからなかった。それで園丁にいった、7『このとおり三年もこのいちじくの木に実を探しに来ているのに実がない。切り倒しなさい。何のために土地をも疲れさせよう』と。8答えていった、『ご主人もう一年そのままにさせてください、まわりを掘ってこやしをやりますから。9それで来年実ればよし、さもなければ、切り倒してください』」と。

   十八年病気の女

 10安息日にある会堂で教えておられた。11すると見よ、十八年も病の霊にとりつかれている女がいた。体が曲がったままで、全然まっすぐにできなかった。12イエスは彼女を見、呼びよせていわれた、「女の方、病は直っています」と。13そして手をのせられると、たちまちまっすぐになって、神をたたえた。14しかし会堂司はイエスが安息日にいやされたのを怒って、群衆にいった、「六日のうちに働くべきである。その間に来ていやされよ、安息日にはいけない」と。15主は答えられた、「偽善者どもよ、あなた方はだれでも、安息日に牛やろばを小屋からはなして、水を飲ませに連れて行かないか。16この女はアブラハムの末なのに、今まで十八年もの間悪魔が縛っていた。安息日だからとて、その縄目からはなしていけなかったのか」と。17こういわれると、すべての反対者は恥じ、群衆は皆彼のなさったすべての栄えあるみわざをよろこんだ。

   からし種とパン種の譬え

 18彼はいわれた、「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。19それはからし種に似ている。ある人がそれを庭にまくと、育って木となり、その枝に空の鳥が巣を作った」と。20またいわれた、「神の国を何にたとえようか。21それはパン種に似ている。女がそれを三サトンの粉にまぜると、しまいに全部がふくらんだ」と。

   狭い戸口

 22彼は町々村々を通って教えながらエルサレムへの旅をつづけられた。23ある人がいった、「主よ、救われる人は少ないのですか」と。24人々にいわれた、「狭い戸口から入るよう努めよ。わたしはいう、入ろうとして入れない人が多いから。25家の主人が起きて戸をしめたあとで、あなた方が外に立って、『ご主人、おあけください』といって戸をたたいても、彼は答えよう、『あなた方はどこの人か知らない』と。26そのときあなた方はこういいだそう、『あなたといっしょに食事をしました、あなたはわれらの大通りでお教えでした』と。27しかし彼はいおう、『あなた方がどこの人か知らない。不義をなすものは皆わたしを離れよ』と。28あなた方は、アブラハムやイサクやヤコブやすべての預言者が神の国にいるのに、自分たちは外に投げ出されるのを見て、そこで泣き、歯ぎしりしよう。29人々が東と西から、北と南から来て、神の国で宴につらなろう。30しかり、終わりのものははじめになり、はじめのものは終わりになろう」と。

   ああエルサレム

 31ちょうどそのとき、パリサイ人が何人か来て彼にいった、「ここを出てよそへお移りください。ヘロデがあなたを殺そうとしています」と。32彼はいわれた、「行ってあのにいいなさい、『見よ、わたしはきょうとあす悪鬼を追い出し、いやしをし、三日目に全うされる。33しかしわたしは、きょうもあすもあさっても進まねばならない。預言者がエルサレムの外で死ぬことはありえないから』と。34ああ、エルサレム、エルサレム、預言者を殺し、つかわされたものを石打ちするものよ、めんどりが雛を翼の下に集めるように、何度わたしはおまえの子らを集めようとしたか。しかしおまえらはそれを欲しなかった。35見よ、おまえらの家は見捨てられる。わたしはいう、『祝福あれ、主のみ名によって来るものに』とおまえらがいう時の来るまで、おまえらは決してわたしを見まい」と。

   水気の人

14章 1ある安息日に、パリサイ人である役人の家に食事に行かれたときのこと、人々は彼を監視していた。2すると見よ、水気の人が彼の前に現われた。3イエスは自ら律法学者やパリサイ人らに向かっていわれた、「安息日にいやしをしてよいか、悪いか」と。4彼らは黙っていた。すると彼はその人の手をとって、いやして帰された。5そして彼らにいわれた、「子か牛が井戸に落ちたとき、安息日だからとてすぐ引きあげないものがあろうか」と。6彼らはそれに返事ができなかった。

   席次の譬え

 7彼は招かれた人々が上座を選ぶのに目をとめて、ひとつの譬えをいわれた、8婚宴に招かれたとき、上座につくな。あなたより偉い人が招かれていると、9あなたとその人とを招いたものが来て、『この方に席をゆずってください』といおう。そのときあなたは恥じて下座に着こう。10招かれたときは進んで下座にすわりなさい。そうすればあなたを招いたものが来て、『友よ、もっと上座にお進みを』というとき、あなたは同席のもの皆の前で面目をほどこそう。11だれでも、自らを高めるものは低められ、自らを低めるものは高められる」と。

   招くべき人々

 12彼は自分を招いた人にもいわれた、「昼食や夕食の会を開くとき、友だちも兄弟も親族も近くの金持も招くな。さもないと、彼らのほうでもあなたを招いてお返しをしよう。13ふるまいをするときは、貧乏人、不具の人、足なえ、目しいを招きなさい。14そうすればあなたはさいわいである。この人たちはお返しができないから。義人の復活のとき、あなたはお返しを受けよう」と。
 15相客のひとりがこれを聞いて彼にいった、「さいわいなのは神の国で食事できる人」と。16その人にいわれた、「ある人が大夕食会を開いて、大勢を招いた。17会の時間になったので僕をつかわして招いた人々に『おいでください。もう用意ができました』といわせた。18すると皆がそろって断わりはじめた。第一の人がいった、『畑を買ったので見に行かねばなりません。どうぞご勘弁を』と。19次の人がいった、『牛を五対買ったのでしらべに行きます、どうぞご勘弁を』と。20もうひとりがいった、『妻をめとりましたので行けません』と。21僕が帰ってそれを主人に告げると、主人は怒って僕にいった、『すぐ町の大通りや小道へ行って、貧乏人や不具の人や目しいや足なえをここに連れて来い』と。22やがて僕がいった、「ご主人、仰せのとおりにしましたが、まだ席があります」と。23主人が僕にいった、『道や垣根のあたりに出かけて、人々を無理に来させなさい。わが家がいっぱいになるように』と。24わたしはいう、招かれた人々のうちからはひとりもわが夕食会につらなるまい」と。

   十字架の道

 25大勢の群衆が彼のお伴をしていると、振り向いていわれた、26「わたしのところに来て、おのが父と母と妻と子と兄弟と姉妹と、さらにおのがいのちまでも憎まぬものは、わが弟子ではありえない。27おのが十字架を負ってわたしについて来ないものは、わが弟子ではありえない。

  やぐらと戦争と塩

 28あなた方のだれかがやぐらを建てようと思うとき、まずすわって、仕上げに十分な金があるかと、費用を数えないか。29さもないと、土台を据えただけで完成できず、見るものが皆こういって笑おう、30『この人は建てかけたが完成できなかった』と。
 31また、ある王がほかの王と戦いを交えに行くとき、まずすわって、二万人で向かい来る敵を一万人で迎えうてるかと考えないか。32もしかなわねば、敵がまだ遠いうちに使いをやって和を請おう。33このように、あなた方はだれでも、おのがものすべてと別れねば、わが弟子ではありえない。
 34塩はよいものである。しかし塩もきかなくなれば、何で塩づけられよう。35畑にも肥料にも役立たず、外に捨てられよう。聞く耳あるものは聞け」と。

   失われた羊の譬え

15章 1取税人や罪びとが皆彼の近くに集まって耳傾けようとしていた。2しかしパリサイ人と学者らはつぶやいた、「この人は罪びとを迎えて食事を共にする」と。3そこで彼らにこの譬えをいわれた、4「あなた方のだれかが羊を百匹持っていて、その一匹を失ったとき、九十九匹を荒野に置いて、失われた一匹を見つけるまで探し歩かないか。5見つけると、よろこんで肩にのせ、6家に帰って友だちや隣びとを呼び集めていおう、『いっしょにおよろこびください。失われた羊を見つけましたから』と。7わたしはいう、このように、ひとりの罪びとが悔い改めると、悔い改めなくてもよい九十九人の正しい人にまさって天によろこびがあろう。

   失われた銀貨の譬え

 8また、ある女がドラクマを十枚持っていて、その一枚を失ったとき、明りをともして家を掃き、それを見つけるまで念入りに探さないか。9見つけると、友だちや隣びとを呼び集めていおう、『いっしょにおよろこびください。失われた銀貨を見つけましたから』と。10わたしはいう、このように、ひとりの罪びとが悔い改めると、神の使いたちによろこびがある」と。

   放蕩息子の譬え

 11彼はいわれた、「ある人にふたりの息子があった。12弟が父にいった、『父上、財産の分け前をわたしにください』と。父は身代をふたりに分けた。13いく日もせぬうちに、弟はその分全部をまとめて遠い国へ行き、そこで放蕩に財産をばらまいた。14皆使いはたしたとき、その国にひどい飢饉があって、彼は困窮しだした。15そこでその国に住むある人に身をよせると、畑へやって豚を飼わせた。16彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思ったが、だれもそれをくれなかった。17そこでわれに立ちかえっていった、『父上のところではあれほど大勢の雇人に食べ物が余っているのに、わたしはここで飢え死にしようとしている。18出かけて父上のところへ行っていおう、父上、天に対しても、あなたに向かっても、わたしは罪を犯しました。19もはやあなたの息子と呼ばれる資格はありません。あなたの雇人のひとりのようにしてください』と。20そこで出かけて父のところへ行った。ところが、まだ遠く離れているのに、父は見てあわれみ、走りよって首を抱いて口づけした。21息子はいった、『父上、天に対しても、あなたに向かっても、わたしは罪を犯しました。もはやあなたの息子と呼ばれる資格はありません』と。22しかし父は僕たちにいった、『早く一番よい着物をもって来て着せなさい。手に指輪をはめ、足に靴をはかせなさい。23それから肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おう。24このわたしの息子は死んでいたがよみがえり、失われていたが見つかったから』と。
 そこで祝いが始まった。25は畑にいたが、帰りに家に近づくと、音楽や踊りが聞こえた。26そこで下男のひとりを呼びよせて、あれは何かとたずねた。27下男はいった、『弟さまがお帰りです。無事に戻ったとて、お父さまが把えた子牛をほふらせなさいました』と。28兄は怒って家に入ろうとしなかった。父が出て来ていろいろなだめると、29父に答えた、『ごらんのとおり、何年もわたしはあなたにお仕えし、一度もお言いつけにそむいたことはありません。それだのに、わたしには友だちと楽しむために山羊一匹も下さったためしがありません。30ところがあのあなたの息子が遊女といっしょにあなたの身代を食いつくして帰って来ると、肥えた子牛をほふるとは』と。31父はいった、『子よ、おまえはいつもわたしといっしょだ。わがものは皆おまえのものだ。32しかし、よろこび祝わずにおられようか、このおまえの弟は死んでいたが生きかえり、失われたが見つかったから』」と。

   悪い支配人の譬え

16章 1彼は弟子たちにもいわれた、「ある金持に支配人があった。主人の財産を浪費していると告げ口するものがあったので、2主人は支配人を呼んでいった、『あなたについて耳にすることは何だ。会計の報告を出しなさい。もう支配人はつとまらない』と。3支配人は心に考えた、『どうしよう。主人がわたしの仕事を取りあげる。土を掘る力はなく、物乞いをするのは恥ずかしい。4わかった、こうしよう。仕事をやめさせられたとき、こうすれば、その人たちはわたしを自分の家に迎えてくれよう』と。5そこで主人の借り手をひとりずつ呼びよせて、最初の人にいった、『わたしの主人にいくら借りがありますか』と。6『油百パテ』と答えた。支配人がいった、『ここにあなたの証文がある。すぐすわって五十と書きかえなさい』と。7それからもうひとりにいった、『あなたはいくら借りがありますか』と。『小麦百コル』と答えた。支配人がいった、『ここにあなたの証文がある。八十と書きかえなさい』と。8すると主人はこの不正な支配人の賢い仕方をほめた。この世の子らはおのが世代に対しては光の子よりも賢い。

   神と富

 9それでわたしはいう、不正の富で友だちをつくりなさい。富がなくなったとき、あなた方を永遠の住居に迎えてくれよう。10小事に忠実なものは大事にも忠実である。小事に不忠実なものは大事にも不忠実である。11それゆえ、不正な富に忠実でなければ、だれが真の富をまかせよう。12また、(地上にある)他人のものについて忠実でなければ、だれがあなた方に(天にある)自分のものを与えよう。13どの僕もふたりの主人には仕ええない。ひとりを憎んで他を愛するか、ひとりに親しんで他をうとんじるか、である。あなた方は神と富との両方には仕ええない」と。
 14金好きのパリサイ人がこの話をのこらず聞いて、彼をあざけった。15そこで彼らにいわれた、「あなた方は人の前で自らを正しいとするが、神はあなた方の心をご存じである。人の間で尊ばれるものは神の前ではきらわれる。16律法と預言書はヨハネまでで、そのとき以来神の国がのべ伝えられ、だれでもそこに無理押しして入り込む。17しかし律法の一画が落ちるよりは天地が消え去るほうがやさしい。18妻を出して別の女をめとるものは皆姦淫し、夫から出された女をめとるものも姦淫する。

   金持とラザロ

 19ある金持がいて、紫の衣と細糸の布を着て毎日はでな生活を楽しんでいた。20その門の前に、ラザロという名の貧乏人ができ物だらけで寝ていて、21金持の食卓から落ちるもので飢えをしのげればと思っていた。そのうえが来てでき物をなめていた。22やがてその貧乏人は死んで、天使たちにアブラハムのふところへと連れられた。金持も死んで葬られた。23金持は黄泉
(よみ)で苦しみのうちに目をあげると、はるかかなたにアブラハムとそのふところにいるラザロとが見えたので、24声をあげていった、『父アブラハム、わたしをあわれんで、ラザロをよこし、指先を水にひたしてわたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえています』と。25アブラハムはいった、『子よ、思いおこせ、おまえは生前よいものを受け、ラザロは同じく生前悪いものを受けた。今ここでは彼が慰められ、おまえはもだえる。26そのうえわれらとおまえらとの間に大きな裂け目があって、ここからおまえらのところへ渡ろうとしてもできず、そちらからわれらのほうへ越えて来れもしない』と。27金持はいった、『父よ、お願いです、ラザロをわたしの父の家にやってください、28わたしに五人の兄弟があります。彼らまでがこの苦しみの場所に来ないように、よくいってください』と。29アブラハムはいう、『彼らにはモーセと預言者がある。それに耳傾ければよい』と。30彼はいった、『いいえ、父アブラハム、もし死人のだれかが行ってやれば悔い改めましょう』と。31アブラハムは答えた、『モーセと預言者に耳傾けねば、たとえ死人のだれかがよみがえって行っても従うまい』」と。

   つまずきとゆるしと信仰

17章 1彼は弟子たちにいわれた、「つまずきが来ないようにはできない。しかしそれを来させる人はわざわいである。2これら小さなもののひとりをつまずかせるよりは、ひき臼を首にかけられて海に投げ入れられたほうがその人にましである。3自ら気をつけよ。兄弟が罪を犯したら、いましめよ。悔い改めたら、ゆるしなさい4一日に七度あなたに罪を犯しても、七度あなたのところに来て、『改めます』というなら、ゆるしなさい」と。
 5使徒たちが主にいった、「われらの信仰を増してください」と。6主はいわれた、「からしの一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、『抜けて海に植われ』といってもいうことを聞こう。

   役に立たぬ僕

 7あなた方のだれかに農耕か牧畜をする僕があって、その僕が野らから帰ったとき、『すぐ来て食事しなさい』というだろうか。8むしろ、『夕食の用意をして、わたしが食事するまで帯をしめて仕え、そのあとで食事しなさい』というまいか。9命じられたことをしたからとて、主人は僕に感謝しようか。10そのように、あなた方も、命じられたことをすべてなしとげたとき、『われらはお役に立たぬ僕です、すべきことをしただけです』といいなさい」と。

   十人のらい者

 11エルサレムへ進まれるときのこと、彼はサマリアとガリラヤの間を通られた。12ある村に入られると、十人のらい者に会われた。彼らは遠くで立ちどまり、13声をあげていった、「師の君イエスさま、おあわれみを」と。14見ていわれた、「行って体を祭司たちに見せなさい」と。すると行くうちに清まった。15彼らのひとりは、なおったのを見ると、大声で神をたたえて帰ってきた。16そしてお足もとにひれ伏して感謝した。その人はサマリア人であった。17イエスはいわれた、「清まったのは十人ではなかったのか。九人はどこか。18このよそもののほか帰って来て神に栄光を帰するものはだれもいないのか」と。19そしてその人にいわれた、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と。

   神の国の来る時

 20パリサイ人たちに神の国はいつ来るかとたずねられて、こう答えられた、「神の国は見える形では来ない。21また、『見よ、ここに』とか、『あそこに』ともいえない。見よ、神の国はあなた方のうちにある」と。
 22そして弟子たちにいわれた、「時が来る。そのときあなた方は一日でも人の子の日を見たいと思っても、見えまい。23人々はあなた方に、『見よ、あそこに』『見よ、ここに』といおうが、出かけるな、追いかけるな。24ちょうどいなずまが光って、天の下を端から端まで照らすように、人の子はその日に来ようから。25しかしその前に人の子は多くの苦しみを受け、この世代に捨てられねばならない。
 26ちょうどノアのときにおこったことが人の子の日にもおころう。27ノアが箱舟に入った日まで、人々は会い、飲み、めとり、とつぎしていたが、洪水が来て、ひとりのこらず滅ぼした。28ロトのときにも似たことがおこった。人々は食い、飲み、買い、売り、植え、建てていたが、29ロトがソドムから出た日に、天から火と硫黄が降って、ひとりのこらず滅ぼした。30人の子が現われる日も同じようであろう。31その日には、屋根の上にいるものは道具が家の中にあっても取りにおりるな。野らにいるものも、同じくもどるな。32ロトの妻を思い出しなさい。33いのちを保とうとするものはそれを失い、失うものは生きつづけよう。34わたしはいう、その夜ふたりの男がひとつ寝床にいると、ひとりは移され、ひとりは残されよう。35ふたりの女がいっしょに臼をひいていると、ひとりは移され、ひとりは残されよう。36〔ふたりの男が野らにいると、ひとりは移され、ひとりは残されよう〕」と。37弟子たちがたずねた、「主よ、それはどこですか」と。彼はいわれた、「死体のあるところに鷲も集まる」と。

   不正な裁判人の譬え

18章 1ひとつの譬えを弟子たちに話して気を落とさずに常に祈るべきことをいわれた、2「ある町に神をおそれず人も顧みぬ裁判人があった。3またその町にひとりのやもめがいて、その裁判人のところによく来ては、『わたしのために相手方を制裁してください』といっていた。4裁判人は長い間気乗りしなかったが、のちにひとり考えた、『わたしは神をおそれず、人も顧みないが、5このやもめはやっかいだからこの女に有利な裁きをしてやろう。さもないと、あげくのはてにやって来て当たり散らそう』と」。6そして主はいわれた、「この不正な裁判人に耳傾けよ7まして神は夜昼叫びつづける選ばれた人々のためによい裁きをせず、長い間放っておかれようか。8わたしはいう、間もなく彼らのためによい裁きをされよう。しかし、人の子が来るとき、はたして地上に信仰を見ようか」と。

   パリサイ人と取税人の譬え

 9また、自ら正しいと思い込んで他人を見さげているものどもにも、次の譬えを話された、10「ふたりの人が宮へ祈りに行った。ひとりはパリサイ人、もうひとりは取税人であった。11パリサイ人は立ってひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人々のように盗み不正、姦淫せず、また、この取税人のようでもないことを感謝します。12週に二度断食し、収入全体の一割の税を納めます』と。13取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、ただ胸を打っていった、『神よ、この罪びとのわたしにおあわれみを」と。14わたしはいう、義とされて家に帰ったのはこの人で、あの人ではない。だれでも、自らを高めるものは低められ、自らを低めるものは高められるから」と。

   子どもの祝福

 15人々が彼にさわっていただこうと幼子までも連れて来ると、弟子たちは見てたしなめた。16イエスは幼子を呼びよせていわれた、「子どもらをわたしのところに来させなさい。邪魔しないで。神の国はこんな人たちのものである。17本当にいう、子どものように神の国を受けなければ決してそこに入れまい」と。

   金持について

 18ある役人が「よい先生、何をすれば永遠のいのちを継げましょうか」とたずねると、19イエスはいわれた、「なぜわたしを『よい』というのか。神おひとりのほかにだれもよいものはない。20いましめはご承知のとおり、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父と母を敬え』である」と。21その人はいった、「それならみんな若いときから守っています」と。22イエスはそれを聞いていわれた、「まだひとつ足りない。持ちものを皆売って貧しい人々に分け与えなさい。そうすれば天に宝を得よう。それから来てわたしに従いなさい」と。23彼はそれを聞いて落胆した。大金持であったからである。24彼を見てイエスはいわれた、「資産家が神の国に入るのは何とむずかしいことか25らくだが針の穴を通るほうが金持が神の国に入るよりはやさしい」と。26聞いている人々はいった、「それならだれが救われえよう」と。27彼はいわれた、「人にできないことが神にはおできになる」と。
 28ペテロがいった、「ごらんのとおり、われらは自分のものを捨ててあなたに従いました」と。29彼らにいわれた、「本当にいう、だれでも神の国のために家や妻や兄弟や両親や子を捨てたものは、30この時代ではそのいく倍を、来たるべき世では永遠のいのちを受ける」と。

   受難予告第三

 31彼は十二人を呼びよせていわれた、「さあ、われらはエルサレムへ上る。人の子について預言者たちが書いたことはすべて成就しよう。32人の子は異邦人に渡され、あざけられ、はずかしめられ、唾せられ、33鞭打たれて、殺されよう。そして三日目に復活しよう」と。34彼らはこのことが、ひとつもわからなかった。このことばは彼らに隠されていて、いわれたことがつかめなかったのである。

   エリコの目しい

 35彼がエリコに近づかれたときのこと、ある目しいが道ばたにすわって物乞いしていた。36群衆が通る音を聞いて、あれは何ごとかとたずねた。37人々がナザレ人イエスのお通りと告げると、38目しいは叫んだ、「ダビデの子イエスさま、おあわれみを」と。39先頭に立つ人々が黙るようにたしなめると、目しいはますます叫びつづけた、「ダビデの子、おあわれみを」と。40イエスは立ち止まって、目しいを連れて来るよう命じられた。目しいが近づくとたずねられた、41「何をしてもらいたいのか」と。答えた、「主よ、目が見えますように」と。42イエスはいわれた、「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った」と。43たちまち目が見えた。そして神をあがめながら彼に従って行った。これを見て人々は皆神に讃美をささげた。

   ザアカイの入信

19章 1彼はエリコヘ入って町をお通りであった。2そこにザアカイという名の人がいた。取税人の頭で、金持であった。3イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低いので、群衆のため果たさなかった。4それで彼を見ようと前のほうへ駆け出して桑の木にのぼった。そこをお通りのところであったからである。5イエスはその場所へ来られると、目をあげていわれた、「ザアカイよ、急いでお降り。きょうはあなたの家に泊まることになっているから」と。6ザアカイは急いで降りて、よろこんでお迎えした。7皆はこれを見て、「彼は罪びとのところに入って客となった」といってつぶやいた。8しかしザアカイは立って主にいった、「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、もし人から何かゆすったならば四倍にして返します」と。9イエスは彼にいわれた、「きょう救いがこの家に入った。彼もまたアブラハムの子である。10人の子が来たのは失われたものを探して救うためである」と。

   ミナの譬え

 11人々がこれを聞いているとき、彼はもうひとつの譬えを話された。それは、彼がエルサレムに近づかれて、神の国がたちまち現われると人々が思ったからである。12彼はいわれた、「ある高貴な人が王位を受けて来るために遠いところへ旅立った13その人は十人の僕を呼んで十ミナを渡していった、『わたしの留守中これで商売しなさい』と。14住民は彼を憎んでいたので、あとから使いをやっていわせた、『われらはこの人を王に戴きたくない』と。15さてその人が王位を受けて帰ると、だれが何を商売したかを知るために、金を渡しておいた僕らを呼ばせた。16第一のものが現われて、いった、『ご主人、あなたの一ミナは十ミナをもうけました』と。17主人はいった、『よい僕、小事に忠実であったから、十の町の権限を与えよう』と。18第二のものが来ていった、『ご主人、あなたの一ミナは五ミナをつくりました』と。19これにもいった、『あなたには五つの町の権限を』と。20もうひとりが来ていった、『ご主人、これがあなたの一ミナです。ふくさに包んでしまっておきました。21あなたはきびしい方で、預けぬものを取り立て、まかぬものを刈られるので、こわかったのです』と。22彼はいう、『悪い僕、いまそちらの口から出たことばでそちらを裁こう。わたしがきびしい人で、預けぬものを取り立て、まかぬものを刈ると知っていたのか。23では、なぜわたしの金を銀行に預けなかったか。そうすれば帰ったとき利子つきで受け取れたのに』と。24そして居合わせた人々にいった、『その一ミナを取りあげて十ミナを持っているものに渡しなさい』と。25〔彼らはいった、『ご主人、あの人はもう十ミナ持っています』と〕。26『わたしはいう、だれでも、持つ人は与えられ、持たぬ人は持つものまで取りあげられよう27しかし、わたしを王に戴きたがらなかったあの敵どもをここに引いて来て、わたしの目の前で斬り殺せ』」と。

   エルサレム入り

 28これらのことを話してから、彼は前進してエルサレムヘ上られた。29いわゆるオリブ山にあるベテパゲとベタニアとに近づかれると、ふたりの弟子をつかわして、30こういわれた、「向かいの村へ行きなさい。そこに入ると、だれも乗ったことのない子ろばが一匹つないであるのが見えよう。それを解いて引いて来なさい。31もし、『なぜ解くか』とたずねるものがあったら、『主のご用』といいなさい」と。32使いが行くと、はたしていわれたとおりであった。33子ろばを解いているとき、持ち主たちが、「なぜ子ろばを解くか」といったので、34「主のご用」と答えた。35ふたりはそれをイエスのところへ引いて来て、自分たちの着物を子ろばの上に投げかけ、イエスをお乗せした。36彼が進まれると、人々はその着物を道に敷いた。37すでにオリブ山の降り口に近づかれたとき、弟子の群れは皆よろこんで、彼らが見たあらゆる奇跡ゆえに大声で神を讃美しはじめた。彼らはいった、
 38祝福あれ、主のみ名によって来たもう王に、
  天には平和
  いと高きところには栄光あれ
と。
 39群衆の中の数人のパリサイ人が彼にいった、「先生、お弟子たちをおたしなめください」と。40彼は答えられた、「わたしはいう、この人たちが黙れば、石が叫ぼう」と。

   エルサレム滅亡の預言

 41近づいて都が見えると、都のために泣いて、いわれた、42「もしきょうの日におまえにも平和への道が見えたなら!しかし今はそれがおまえの目から隠されている。43時が来て、敵がおまえのまわりに塁を築き、おまえを取り巻いて四方から攻め、44おまえとおまえの子らとを地に倒し、重なっている石がおまえのうちにひとつもなくさせよう。おまえが神の顧みの時を知らなかったためである」と。

   宮清め

 45宮に入ると、彼は物売りを追い出しはじめて、46こういわれた、「『わが家は祈りの家たるべきである』と聖書にあるのに、あなた方はそれを強盗の巣にしてしまった」と。
 47彼は日ごとに宮で教えておられた。大祭司、学者、民のおもだったものたちは彼を殺そうと思ったが、48どうすることもできなかった。民が皆彼に耳傾けて心酔していたからである。

   権威問答

20章 1ある日、宮で民を教え、福音を説いておられたときのこと、大祭司と学者が長老たちと進み出て、2彼にいった、「何の権威でこれらのことをするのか、だれがこの権威をあなたに与えたか、いってください」と。3答えていわれた、「わたしもひとつたずねたいことがある。それをいってもらいたい。4ヨハネの洗礼は天からであったか人からであったか」と。5彼らは互いに論じあった、「もし、『天から』といえば、『なぜ彼を信じなかったか』といおう。6もし、『人から』といえば、民が皆でわれらを石打ちしよう。民はヨハネが預言者であると思い込んでいるから」と。7そこで、「どこからか知らない」と答えた。8イエスはいわれた、「わたしも、何の権威でこれらのことをするのか、あなた方にいわない」と。

   悪い農夫の譬え

 9民にこの譬えを話しだされた、「ある人がぶどう園を作り、農夫たちに貸して長い旅に出た。10季節になったので、農夫たちにひとりの僕をつかわして、ぶどう園の収穫の分け前を納めさせようとした。しかし農夫たちは彼をなぐって、手ぶらで追い帰した。11さらにもうひとりの僕をやったが、それをもなぐって、はずかしめて、手ぶらで追い帰した。12さらに第三のものをやると、これをも怪我させて追い出した。13ぶどう園の主人はいった、『どうしよう。よし、わがいとし子をやろう。きっとこれならおそれいろう』と。14農夫たちは彼を見て互いに話しあった、『これは跡継ぎだ。殺そう。そうすれば財産はわれらのものだ』と。15そして彼をぶどう園の外に追い出して殺した、そこで、ぶどう園の主人は農夫たちをどうしようか。16来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに渡そう」と。人々はそれを聞いていった、「とんでもない」と。17彼は人々を見つめていわれた、「では、聖書にこうあるのはどういうことか、『家造りが捨てた石、それが隅の土台石になった』。18その石の上に倒れるものは皆打ち砕かれ、また、その石が倒れかかる人は粉々になろう」と。
 19このとき学者と大祭司は、彼が自分たちに当ててこの譬えを話されたことを知って、彼に手をかけようとしたが、民をおそれていた。

   納税問答

 20彼らは折をうかがい、義人をよそおう回し者をやった。ことばの端をとらえて総督の支配と権威に引き渡すためであった。21彼らはたずねた、「先生、あなたは正しく言い、かつ教え、別け隔てをなさらず、真実をもって神の道をお教えのことを存じております。22われらは皇帝
(カイサル)に貢(みつぎ)を納めてよいですか、よくないですか」と。23彼らの悪巧みを見抜いていわれた、24「デナリ銀貨を見せなさい。そこにはだれの像と銘があるか」と。彼らはいった、「皇帝のです」と。25彼はいわれた、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返せ」と。26彼らは民の前でことばの端をとれず、そのうえ答えぶりにおどろいたので、黙りこんだ。

   復活問答

 27復活の存在を否定するサドカイ人が数人近よって彼にたずねた、28「先生、モーセはわれらのために書いています、『妻のある兄が死んで子がなければ、弟がその女をめとって兄のためにたねをもうけよ』と、29さて、七人の兄弟があって、長男が妻をめとり、子なしで死に、30次男も、31三男もその女をめとり、同様に七人とも子を残さずに死んで、32そののちにその女も死にました、33復活に際しては、この女はだれの妻になりましょうか」と。34イエスはいわれた、「この世の子らはめとり、とつぐ。35しかし、あの世に入って、死人から復活するにふさわしいとされるものは、めとりもとつぎもしない。36彼らは復活の子らであり、天使にひとしく、神の子らであって、もはや死ねないからである。37死人が復活することは、モーセも柴のくだりで、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで示している。38神は死者の神でなく生者の神である。すべてのものが神によって生きているから」と。39すると数人の学者が答えた、「先生、よいお答えです」と。40もはや彼らは何ひとつたずねようとしなかった。

   ダビデの子問答

 41彼らにいわれた、「どうして人々はキリストをダビデの子というのか。42ダビデ自身『詩篇』でいう、
 43主はわが主にいわれた、わが右に座せよ、
   わたしがなんじの敵をなんじの足台にするまで
と。44ダビデがこのようにキリストを主と呼ぶのに、どうしてダビデの子であろうか」と。

   学者の偽善

 45民が皆聞いているとき、弟子たちにいわれた、46「学者に心せよ。彼らは長い衣を着て歩むことを好み、広場でのあいさつ、会堂の上席、食卓の上座をよろこび、47やもめの家を食いつぶし、見かけの長い祈りをする。彼らの受ける裁きは人一倍きびしかろう」と。

   レプタふたつ

21章 1彼は目をあげて金持が賽銭箱に寄付を入れるのを見ておられた。2また、ある貧しいやもめが、レプタふたつをそこに入れるのを見て、いわれた、3「本当にいう、この貧しいやもめはだれよりも多く入れた。4この人たちは皆あり余る中から入れたが、彼女は乏しい中から持っていた身代をすっかり入れたから」と。

   人の子来臨の徴

 5ある人々が宮について、立派な石や献納品で飾られていることを話すと、彼はいわれた6「あなた方が見ているこれらのものは、石の上に石がひとつも重なっていなくなるほどに崩れてしまう時が来よう」と。7彼らはたずねた、「先生、それはいつでしょうか。それがおころうとするときにはどんな兆しがありましょうか」と。8彼はいわれた、「迷わされぬよう気をつけよ。多くのものがわが名をかたって現われ、『わたしがそれだ。時は近づいた』といおう。それらの人々について行くな。9戦争や暴動と聞いたときにおそれるな。それらはまずおこらねばならないが、すぐに世の終わりにはならない」と。
 10またいわれた、「民は民に国は国に向かって立ちあがり11大地震やあちこちに疫病や飢饉があり、おそろしいことや天からの大きな兆しがあろう。12しかしこれらすべての前に人々はあなた方に手を下して迫害しよう。会堂や牢に引き渡し、わが名のゆえに王や総督の前に引き出そう。13それはあなた方が証をする機会となろう。14弁明の準備をせぬよう心に決めよ。15わたしがことばと知恵を授けよう。それにはいかなる反対者もさからい、抗弁できまい。16あなた方は両親、兄弟、親戚、友人からも裏切られよう。殺されるものもあろう。17わが名のゆえに皆から憎まれよう。18しかしあなた方の髪の毛一本も失われまい。19忍耐によってあなた方はおのがいのちをかち得よう。

   来臨の様相

 20エルサレムが軍勢に囲まれるのを見たら、その滅亡が近いと知れ。21そのときユダヤにいるものは山にのがれよ。都の中にいるものは立ち退け。田舎にいるものは都に入るな。22それは聖書に書かれていることすべてが成就する刑罰の日である。23それらの日には、身重の女と乳のみ子を持つ女は気の毒だ。この地には大きな苦しみが、この民には怒りがのぞもうから。24彼らは剣の刃にたおれ、あらゆる国々に捕虜となり、異邦人の時代が終わるまで、エルサレムは異邦人に踏みにじられよう。25日と月と星に兆しがあろう。地上では海が波立って荒れるため、諸民が怖じまどい、26全世界にのぞむべきことを思って、もだえ死ぬものがあろう。もろもろの天体が揺られるからである。27そのとき、人々は人の子が大きな力と栄光をもって雲に乗って来るのを見よう。28これらがはじまれば、体をのばし、頭をあげよ。あなた方のあがないが近づいたのだから」と。

   その日

 29彼はまたひとつの譬えを彼らに話された、「いちじくの木などすべての木を見なさい。30すでに芽が出ると、それを見て、あなた方はおのずとはや夏が近いと知る。31そのようにあなた方も、これらがおこるのを見たら、神の国が近づいていると知れ。32本当にいう、すべてがおこるまでこの時代は決して過ぎ去らない。33天と地は過ぎ去ろう。しかしわがことばは決して過ぎ去るまい。34気をつけよ、放縦、酩酊、世のわずらいに心が鈍るうちに、いきなりかの日がわなのようにあなた方にのぞまないように。35その日は全地の上に住むものすべてにのぞむから。36目を覚ましてつねに祈れ、これら来たるべきことすべてをのがれて、人の子の前に立ちうるように」と。37彼は昼の間、宮で教え、夜は出ていわゆるオリブ山に行って泊まられた。38民は皆宮で話を聞こうと早起きして彼のところに集まった。

   陰謀と反逆

22章 1過越といわれる種なしパンの祭りが近づいた。2大祭司と学者らは彼を殺す方法を探していた。民をおそれていたからである。
 3悪魔
(サタン)が、十二人のひとりに数えられていてイスカリオテと呼ばれるユダに入った。4彼は行って大祭司や守衛らとイエスを引き渡す方法について話しあった。5彼らはよろこんで、金を渡すことに決めた。6ユダは承諾した。そして群衆のいないときにイエスを引き渡す好機をねらっていた。

   最後の夕食

 7過越の小羊をほふるべき種なしパンの祭りの日が来た。8イエスはペテロとヨハネをつかわしていわれた、「われらの過越の食事を用意して来なさい」と。9ふたりはいった、「どこで用意しましょうか」と。10彼はいわれた、「都に入ると、水瓶を運ぶ人に出会うから、あとについて行って、その人の入る家に入って、11家の主人にいいなさい、『弟子たちと過越の食事を共にする部屋はどこか、と先生があなたにいわれる』と。12するとその人は敷物のある大きな二階の座敷を見せてくれよう。そこで用意しなさい」と。13彼らが行ってみると、いわれたとおりであったので、過越の用意をした。
 14時が来ると、彼は食卓につかれた。使徒たちもいっしょであった。15彼らにいわれた、「わたしは、苦難を受ける前にあなた方とこの過越の食事を共にすることを切に望んでいた。16わたしはいう、神の国で過越が成就するときまで、わたしは決してこの食事をしない」と。17そして杯を受けて感謝してからいわれた、「これを受けて互いに分けなさい。18わたしはいう、今からのち、神の国が来るまで、わたしは決してぶどうから作ったものを飲むまい」と。19また、パンを受け、感謝して裂き、彼らに渡していわれた、「これはあなた方のために与えられるわが体である。これをわが記念に行ないなさい」と。20同じように食後杯をとっていわれる、「これはあなた方のために流されるわが血による新しい契約である21しかし、見よ、わたしを引き渡すものがわたしといっしょに食卓に手を置いている。22人の子は定められたとおり去って行く。しかし人の子を引き渡すその人はわざわいである」と。23弟子たちは、自分たちのうちのだれがいったいそんなことをしようかと、互いにいいあいはじめた。

   真の偉大

 24弟子たちの間に、自分たちのうちでだれが一番偉く思われるかについて論争があった。25イエスはいわれた、「異邦人の王たちはその民を支配し、その権力者は恩人と呼ばれる。26しかしあなた方はそれではいけない。あなた方の一番偉いものは一番若いように、支配者は給仕人のようであれ。27食卓につくものと給仕人とどちらが偉いか。食卓につくものではないか。わたしはあなた方の間では給仕人のようにしている。28あなた方はわたしの試練の時々にいっしょに耐え抜いてくれた人たちである、29父上がわたしにみ国をゆだねられたように、わたしもあなた方にそれをゆだね、30み国のわが食卓で飲み食いさせ、王座につかせてイスラエルの十二の族
(やから)を裁かせよう」と。

   ペテロのつまずきの預言

 31「シモン、シモン、見よ、悪魔はあなた方を麦のように篩
(ふるい)にかけることを願って、ゆるされた。32しかしわたしはあなたのために、信仰がうせないように祈った。あなたが戻って来たら、兄弟たちを強めなさい」と。33ペテロはいった、「主よ、お伴をして、いつ牢に入っても、いつ死んでも結構です」と。34イエスはいわれた、「ペテロ、わたしはいう、今夜三度あなたがわたしを否むまで、にわとりは鳴くまい」と。

   剣を買え

 35彼らにいわれた、「財布も袋も靴もなしにあなた方をつかわしたとき、何か足りなかったか」と。彼らはいった、「何も」と。36彼はいわれた、「しかし今は財布のあるものは持って行け。袋も同様に。剣のないものは上着を売って買え。37わたしはいう、『不法もののひとりに数えられた』と聖書にあることはわが身に成就されねばならない、わたしにかかわることは成就する」と。38彼らはいった、「主よ、剣はここに二振りあります」と。彼はいわれた、「それで十分」と。

   オリブ山

 39それから出かけて、いつものとおり、オリブ山へ行かれた。弟子たちもお伴した。40いつものところにつくと、彼らにいわれた、「誘惑にかからぬよう祈りなさい」と。41そして自分は石を投げうるほどのところに離れて、ひざまずいて祈っていわれた、42「父上、み心ならば、どうぞこの杯をわたしからお取りください。しかし、わが心でなく、み心がなりますように」と。43天からみ使いが彼に現われて力を添えた。44彼は苦しみのうちに死物狂いで祈られた。汗が血のしたたるように地に落ちた。45祈りから立ちあがって弟子たちのところへ来て、彼らが悲しみのあまり寝入っているの見ると、いわれた、46「なぜ眠っているのか。誘惑にかからぬように、立って祈りなさい」と。

   捕 縛

 47まだ話の最中に群衆が現われた。十二人のひとりで先にのべたユダが先頭に立ち、イエスに口づけしようと近づいた。48イエスは彼にいわれた、「ユダ、口づけで人の子を引き渡すのか」と。49おそばにいた人々はおこるべきことを見ていった、「主よ、剣で切りつけましょうか」と。50そのひとりは大祭司の僕に切りつけて、右の耳を落とした。51イエスは答えられた、「もうそれでよい」と。そして耳にさわっていやされた。52それからイエスは、押しかけて来る大祭司、宮の守衛長、長老たちにいわれた、「強盗にでも向かうかのように、剣や棒を持ってやって来たのか。53わたしが毎日宮であなた方といっしょであったときには、手をかけなかったのに。しかし今はあなた方の時、闇の権威の時である」と。

   ペテロの否定

 54彼らはイエスを捕え、引っぱって大祭司の家へ連れて行った。ペテロは遠くからついて行った。55彼らが中庭で火を焚いてすわっていると、ペテロもその中にすわった。56ある下女が彼が火のところにすわっているのを目にとめ、じっと見つめていった、「この人もあの人といっしょでした」と。57ペテロは打ち消して、「女の方、あの人は知りません」といった。58間もなく、別の人がペテロを見ていった、「あなたもあの仲間だ」と。ペテロはいった、「君、それはちがう」と。59一時間ほどたつと、また別の人がいい張った、「確かにこの人もあの人といっしょだった、ガリラヤ人だから」と。60ペテロはいった。「君、そちらのいうことはわからない」と。するとたちまち、そういいも終わらぬうちに、にわとりが鳴いた。61主は振り向いて、じっとペテロを見つめられた。ペテロは、「きょう、にわとりが鳴く前に、三度わたしを否もう」といわれた主のことばを思い出し、62外に出て行って泣きくずれた。63イエスを見張っていた人々は彼をあざけったり打ったりした。64また、目隠しをして、「だれが打ったか、いい当てよ」といった。65そのほかいろいろなことをいって彼を冒瀆した。

   最高法院の審問

 66夜が明けると、民の長老団、すなわち大祭司と学者が集まって、彼を法院
(サンヘドリン)に引いて行った。そしていった、67「そちらがキリストなら、そうわれらにいいなさい」と。彼らに答えられた、「いってもあなた方は信じまい。68たずねても答えまい。69しかし、今からのち、人の子は大能の神の右に座すであろう」と。70皆がいった、「それなら、そちらは神の子か」と。彼らにいわれた、「わたしをそれというのはあなた方だ」と。71彼らはいった、「このうえ何の証拠が要ろう。われらが本人の口から聞いたから」と。

   ピラトの審問

23章 1全会衆が立ちあがって、彼をピラトの前に引いて行った。2そして彼を訴え出た、「この人は民を惑わし、貢を皇帝に納めるのを禁じ、みずからを王であるキリストというのを目撃しました」と。3ピラトは彼にたずねた、「そちらはユダヤ人の王か」と。彼は答えられた、「仰せのとおり」と。4ピラトは大祭司や群衆にいった、「この人に何の罪も認められない」と。5しかし彼らはますます主張した、「この人はユダヤ全体に教えを説いて民を煽動し、ガリラヤをてはじめにここまで来ています」と。

   ヘロデ

 6ピラトはこれを聞いて、この人はガリラヤ人かとたずね、7ヘロデの領地のものと知ると、彼をヘロデのところに送った。彼もそのころエルサレムにいたのである8ヘロデはイエスを見て大よろこびした。イエスのことを聞いていて、かなり前から会いたいと思っており、何か奇跡をするのを見たいと望んでいたからである。9それであれこれといってたずねたが、彼は何もお答えにならなかった。10大祭司と学者らはそばに立って、激しいことばで彼を訴えた。11ヘロデは兵卒といっしょに彼をはずかしめたりあざけったりしてから、はでな着物を着せてピラトヘ送り返した。12ヘロデとピラトは、前には互いに敵であったが、この日に友だち同士になった。

   ピラトの判決

 13ピラトは大祭司や役人や民を呼び集めていった、14「あなた方がこの人を民を惑わすものとして引いて来たので、このとおりわたしがあなた方の前で調べたが、訴えているような罪は何もこの人に認められなかった。15へロデもそうだ、送り返して来たから。たしかに、この人は死に当たることは何もしていない。16よって、鞭打ってからゆるそう」と。17〔祭りごとに囚人ひとりをゆるすことになっていた〕。18人々はいっせいに声をあげていった。「その人を殺せ。バラバをゆるせ」と。19これは都でおこった暴動と殺人の廉
(かど)で、牢に入れられていたものである。20ピラトはイエスをゆるそうとして、ふたたび人々に呼びかけたが、21人々は叫びつづけた、「十字架に、十字架に」と。22ピラトは三度目に彼らにいった、「この人は何の悪をしたのか。わたしはこの人に何も死に当たる罪を認めなかった。よって、鞭打ってからゆるそう」と。23しかし人々は大声で詰めよって、彼を十字架につけるよう要求した。そして彼らの声が勝った。24ピラトは彼らの願いをかなえることに決めて、25暴動と殺人の廉で牢に入れられていたものを願いどおりにゆるし、イエスは彼らの思うままにさせた。

   嘆きの道

 26彼を引いて行くとき、シモンというクレネ人が田舎から来たのをつかまえて十字架を負わせ、イエスのあとからかついで行かせた。27民と、彼のために悲しみなげく女たちとの、大勢の群れがあとにつづいた。28イエスは振り向いていわれた、「エルサレムの娘たち、わたしのために泣かないで、むしろ自分のため、自分の子どものために泣きなさい。29『さいわいなのはうまずめと、子を産まなかった胎と、養わなかった乳房』と人々がいう時が来よう。30そのとき人々は、山々には、『われらの上に倒れかかれ』といい、丘には、『われらを埋めよ』といいだそう。31生木のときにこうされるなら、枯木のときはどうなろう」と。32ほかにふたりの罪びともイエスとともに処刑されるために引かれて行った。

   十字架

 33されこうべといわれるところへ来ると、そこで彼を十字架につけた。罪びとをも、ひとりを右に、ひとりを左に十字架につけた。34イエスはいわれた、「父上、あの人たちをおゆるしください。何をしているか知らないのですから」と。彼らはくじを引いて彼の着物を分けあった35民は立って見ていた。役人たちも鼻で笑っていった、「ひとを救ったのだ。自分を救うがよい、神のキリストで、選ばれたものなら」と。36兵卒たちも近よってすっぱいぶどう酒を差し出しながら彼をあざけっていった、37「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と。38彼の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札さえかけてあった。39はりつけにされた罪びとのひとりが彼を冒瀆した、「おまえはキリストではないか。自分とわれらを救え」と。40するともうひとりのものが彼をたしなめた、「同じ刑を受けながらおまえは神をおそれないのか。41われらはしたことの報いを受けているから当り前だが、この方は何もまちがいをなさらなかった」と。42そしていった、「イエスさま、あなたが王としておいでのとき、わたしを思い出してください」と。43彼はいわれた、「本当にいう、あなたはきょう、わたしといっしょに天国
(パラダイス)にいよう」と。
 44すでに昼の十二時ごろであったが、闇が全地をおおって三時に及んだ。日は光を失っていた。45宮の幕が真ん中から裂けた。46そのときイエスは大声をあげていわれた、「父上、わが霊をみ手にゆだねます」と。こういって息を引きとられた。47百卒長はこの出来事を見て、神を讃美していった、「本当にこの方は義人であった」と。48この光景を見に集まった群衆も皆出来事を見て胸を打ちながら帰って行った。49彼の知人すべてと、ガリラヤからついて来た女たちも、遠くに立ってこれを見ていた。

   埋 葬

 50ここにヨセフという名の議員があり、善良で正しい人で、51人々の決議や行動には賛成しなかった。ユダヤの町アリマタヤの出で、神の国を待ち望んでいた。52この人がピラトのところに行ってイエスのなきがらを求め、53それを取りおろして亜麻布に包み、まただれも葬られたことのない、岩にうがった墓に納めた。54この日は準備日(そなえび)であったが、安息日がはじまりかけていた。55ガリラヤからイエスにお伴して来ていた女たちはヨセフについて行って、墓と、お体が納められる模様とを見とどけ、56帰って、香料と香油とを用意した。そしていましめに従って安息日を休んだ。

   復活の朝

24章 1週の第一日の夜明け前に、用意しておいた香料を持って女たちは墓へ行った。2見ると、石が墓から転がしてあったので、3中に入ると、主イエスの体が見えなかった。4そのため途方にくれていると、見よ、かがやく着物を着たふたりの男が近づいた。5おそれて顔を地に伏せると、彼らはいった、「なぜ生きた人を死人の中に探すのか。6ここにはいらっしゃらない。復活なさった。まだガリラヤにおいでのころ、あなた方にいわれたことを思い出せ、7『人の子は罪びとどもの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目に復活せねばならない』と」。8女たちはイエスのことばを思い出して、9墓から帰り、十一人とほかのみんなにこのことのすべてを告げた。10女たちはマグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤで、いっしょのほかの女たちも、使徒たちにこのことを話した。11しかし、使徒たちにはこの話がたわごとのようにみえたので、女たちを信じなかった。12〔しかしペテロは立って墓へ走り行き、かがんで見ると、亜麻布だけがあったので、出来事におどろいて帰った〕。

   エマオへの道

 13同じ日に弟子たちのふたりがエマオという村へ歩いていた。それはエルサレムから六十スタデオ離れていた。14彼らはこのすべての出来事を話しあっていた。15話したり論じたりしていると、イエスご自身が近づいていっしょに歩いておられた。16しかし彼らの目がさえぎられて、彼を認めえなかった。17彼はいわれた、「何のことですか、あなた方が歩きながら論じあっているのは」と。彼らは悲しい顔をして立ち止まり、18そのひとりのクレオパというものが答えた、「エルサレムにご滞在なのに、あなただけがこのごろそこでおこったことをご存じないのですか」と。19彼はいわれた、「なんのことですか」と。彼らはいった、「ナザレ人イエスのことです。彼は神とすべての民の前にわざとことばに力ある預言者でしたが、20大祭司や役人たちが引き渡して死刑にし、十字架につけました、21われらは彼こそイスラエルをあがなう方と望みをかけていましたのに。そればかりか、あのことがおこってからきょうでもう三日目です。22それに、仲間の女たちがわれらをおどろかせました。女たちは朝早く墓に行きましたが、23お体が見つからぬまま帰って来て、『彼は生きておられる』という天使の姿を見たと申します。24それで、仲間が何人か墓へ行って見ますと、女たちのいったとおりで、彼は見えませんでした」と。25すると彼はいわれた、「ああ、愚かで心の鈍いものよ、預言者のいったことを何も信じないとは。26キリストはこれらの苦難を受けてから栄光に入るよう定められていたではないか」と。27そして、モーセやすべての預言者からはじめて、ご自身についてのことを聖書全体にわたって彼らに説明された。28めざす村に近づくと、彼はなお先へ行く様子をされたので、29ふたりは無理にお引きとめしていった、「わたしたちのところにお泊まりください。夕暮は近く、日ははや傾きましたから」と。そこで彼らのところに泊まるために家に入られた。30共に食卓について、パンを取って讃美し、裂いて渡されると、31彼らの目が開けて、彼とわかった。すると彼は見えなくなった。32彼らは語りあった、「彼が道でわれらに語って、聖書を説かれたとき、心が燃えたではないか」と。33すぐさま立ちあがって彼らはエルサレムに帰った。すると、十一人とその仲間が集まっていて、34「本当に主は復活してシモンに現われられた」と話しているところであった。35それで彼らも、道であったことやパンをお裂きになって彼とわかったことを物語った。

   弟子との別れ

 36彼らがこう話しているところへ、彼が真ん中に立たれた。37おどろきおそれて、幽霊を見ていると思っていると、38彼らにいわれた、「なにをおじけるのか。なぜ心に疑いをおこすのか。39わが手わが足を見なさい。わたし自身だ。さわってごらん。幽霊には肉と骨はないが、わたしにはごらんのとおりそれがある」と。40〔こういって、手と足をお見せになった。〕41彼らがよろこびのあまり、まだ信じられず、不思議がっていると、彼はいわれた、「ここに何か食べ物があるか」と。42焼いた魚を一切れ差しあげると、43受け取って皆の前で食べられた。
 44そして彼らにいわれた、「わたしがまだあなた方といっしょにいたとき話したことばは、わたしについてモーセの律法と預言書と『詩篇』とに書かれてあることは皆成就する、ということであった」と。45そこで、聖書をわからせようと彼らの心を開いて、いわれた、46「聖書にこうある、『キリストは苦難を受けて三日目に死人の中から復活し47罪のゆるしへの悔い改めがその名によってすべての民に伝えられる、エルサレムからはじまって』と。48あなた方はこのことの証人である。49たしかに、わたしは父上のお約束のものをあなた方におくる。あなた方は上からの力を身につけるまで、都にとどまっていなさい」と。

   昇 天

 50それから彼らをベタニアの近くまで連れて行き、手をあげて祝福された。51そして祝福しながら彼らを離れて行かれた。52彼らは大よろこびでエルサレムヘ帰り、53いつも宮にいて神を讃美していた。