感謝と希望

 戦争も終りに近づいた昭和19年にドイツのボン大学からスイスのジュネーブ大学へ転任することになりました.スイスの永世中立と大学自治との建前からわたくしの任命は問題なかったのですが,何しろあの頃日本人といえば野獣のような蛮族という連合国の宣伝が行なわれていましたし,何年か勤めているうちには色々な圧迫も時として感ぜられました.そんな時いつも無抵抗で,特に日本研究に関する講義など,万事地味に学究的に小さなクラスですることにしていました.

 その後その少数の聴講者の中から国際機関で日本関係の仕事を受け持つ人も出来,日本へ来て日本婦人と結婚する程の親日家も出ました.また,新約聖書を講じていた時も学期の途中で急に学生の数が減りました.後でわかったのですが,或る年輩の教授がわたくしの新しい学風をよく思わないで時間割の変更などで妨害したのだそうです.でも,残った少数の学生が立派なフランス語でノートを整理し,それをきれいにタイプで打って家へ持って来てくれましたので,後の出版に役立つなど思いがけぬ収穫がありました.この他公私の友人が与えられたことは一々記せない程です.そればかりではありません.十年振りにジュネーブへ行った昭和34年の夏には歓迎攻めにあって応接に暇ありませんでした.今年の夏も三たび目に彼の地を訪れまして,長年の友情がますます深まるのを感じました.

 無抵抗は一般的にも道徳として高く評価されますが,イエスを信ずるものは,喜びをもってそれを受け,その果実を見る目を与えられます.責めるものを祝福するところにイエスの苦難と栄光にあずかる幸福があります.そしてこの幸福を共有して祈りにつらなる友垣の交わりのうちに天国の前味があるといえましょう.今も色々妨害は絶えませんが,感謝と希望をもって年を越し得るのは恩恵です.