玄人・素人

 本誌も22号になり,以前に他の雑誌に発表したり単行本として出したものを合わせますと,数冊の書物の分量になり,読者からの反響もふえています.読者は老若男女多種多様で職業もいろいろですが,聖書研究の玄人(くろうと)と素人(しろうと)に大別することが出来ます.

 その玄人にもピンからキリまでありまして,一生を聖書の研究に捧げて真剣に後進のため労苦を重ねておられる先達と,そうでない似非専門家と区別があります.これはくろうとでなくて灰人とも申しましょうか.本当の玄人と素人とからは激励や感謝のことばが送られて来まして,重い筆の支えになってくれますが,この灰人の多くにとって,わたくしの書くものが難しいということを聞くことがあります.それは,彼らが自分で一応玄人としての知識があると思って早く読み,殊に聖書の箇所を一々当たって見ないからです.ひとり学ぶのでなくて,はじめから大ぜいで学んで或る資格を与えられていきなり専門家になるからです.

至らないわたくしのことですから書き方が悪いのかと反省させられることもあり,彼らが何時か本当の玄人になる望みもありますが,真にひとり学ぶ友はゆっくり読んで,示された聖書の箇所を丹念に当たりながら全体の意味を汲みとってくれますので共に真理への道を歩むことが出来る次第です.わからないところはそのままにして,わかったところをよく味わっていると,次第にわかるところが多くなります.盲人のために静かに本誌を読んであげている誌友を持つことなど,われらにとってこの上ない名誉です.十字架の愚か(Iコリ1:18以下Iコリ1:18以下 18十字架のことばは滅びるものには愚か、われら救われるものには神の力です。19聖書にあります、「わたしは知恵者の知恵を滅ぼし、賢いものの賢さを無にする」と。20どこに知恵者が、どこに学者が、どこにこの世の論客がいますか。神はこの世の知恵を愚かになさったではありませんか。21この世がその知恵のゆえに神を認めなかったのは、神の知恵によるものでした。それで神は信ずるものを救うには宣教の愚かによるのがよいとお考えでした。22実にユダヤ人は徴を求め、ギリシア人は知恵を欲します。23しかしわれらは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。彼はユダヤ人にはつまずき、異邦人には愚かです。24しかし招かれたものには、ユダヤ人でもギリシア人でも、キリストは神の力、神の知恵です。25それは、神の愚かは人間たちよりも知恵があり、神の弱さは人間たちよりも強いからです。 )がこの世の知者に隠れつつ偉大な力を発揮することの何よりの証拠です.