非独走非妥協

コリント人への手紙Ⅰコリ1章 1神のみ心によってキリスト・イエスの使徒として招かれたパウロと兄弟ソステネとから、2コリントにある神の集会(エクレシア)へ。すなわち、キリスト・イエスにあって聖められ、招かれた聖徒たちへ、また、至るところで彼らの、またわれらの主にいますイエス・キリストの名を呼ぶすべての人々へ。3われらの父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安があなた方にありますように。・・・ や使徒行伝(18章使徒行伝18章 1その後、彼(パウロ)はアテナイを去ってコリントヘ来た。・・・8会堂司クリスポは一家そろって主を信じた。そして多くのコリント人もパウロに耳傾けてつぎつぎに信じ、また洗礼をうけた。9主はある夜、幻でパウロにいわれた、「おそれるな、語りつづけて沈黙するな。10わたしはあなたとともにあり、だれもあなたを襲って害を加えまい。この町にはわが民が多いから」と。11そこでパウロは一年六か月の間とどまって、彼らの間で神のことばを教えた。 )の示しますように,パウロはギリシアのコリントに福音を説いたのですが,彼のほかにペテロやアポロら初代キリスト教の指導者もこの文化都市を訪れています.パウロの取った態度を見ますと,コリントの人々を牛耳って上に立とうとしなかったこと(Ⅱコリ1:24Ⅱコリ1:24 われらはあなた方の信仰を牛耳るのでなく、あなた方のよろこびの協力者です。あなた方は信仰に堅くお立ちだからです。 ),他の指導者と自分とをキリストにあって一体としたこと(Ⅰコリ3:88植えるものと水そそぐものはひとつで、おのおのが働きに従ってその報いを受けるでしょう。 )など,決して独走しなかった点が目につきます.

しかしながら,コリントへいろいろな人が来て伝道した結果,信徒の問に分争が生じ,偶像崇拝,家庭の乱れ,異言その他困ったことが相次いで起こりました.その原因はキリストの十字架による罪のゆるしという最低線からの救いの福音がいい加減にされたところにあり,はじめ低く貧しかった信徒たちが福音によって立ち直って余裕ができたのでそういった生ぬるい信仰生活へと堕落したことをパウロは見抜いたのでした.そこで彼は“別のイエスをのべる人”とか“超使徒”(Ⅱコリ11:4以下Ⅱコリ11:4以下 4それは、だれかが来て、われらがのべ伝えなかった別のイエスをのべ伝え、あるいは、あなた方が受けなかった別の霊を受け、受け入れなかった別の福音を受けても、あなた方はよく忍ぶからです。5わたしは超使徒たちに少しも劣らないと思っています。6ことばに拙くても、知識には然らずで、つねに何につけてもそれをあなた方に明らかにしました。 )とかいってそれら指導者を批判しています.

このように謙遜な協調と潔癖な批判との両面がパウロの活動に見られるのですが,もとはイエスにあると思います.仕えられるためでなく,仕えるため,多くの人のあがないとしておのが命を与えることを使命とし(マル10:45マル10:45 人の子が来たのは仕えられるためでなく、仕えるため、多くの人のあがないとしておのがいのちを与えるためである」と。 ),人の僕になることのさいわいを弟子たちとともにしようとした彼(ヨハ13:17ヨハ13:17 14それで、わたしが主として先生としてあなた方の足を洗ったゆえに、あなた方も互いに足を洗うべきである。15わたしがあなた方にしたようにあなた方もするようにと、摸範を示した。16本当にいう、僕は主人より偉くはなく、使いはつかわす人より偉くはない。17これがわかって、そのとおりすれば、あなた方はさいわいである。 )です.しかしこれを妨害するパリサイ人には毅然たる態度でのぞみ,遂に十字架につけられたのでした.何もできないゆえに彼の救いを受ける人間が,なお未完成のこの世に生かされるとき,彼とともに苦しむという恩恵が非独走非妥協の形をとるのでしょう.