やわらぎ

 戦前のことですが,二人の著名な音楽家が仲たがいして両雄並び立たずといわれ,交響楽団が分裂するほどでした.その後二人が別々に渡欧したおり,たまたまある町の同じホテルに泊まったのがきっかけでいちおう和解が成立したそうです.

 このことは当時十代で芸術の世界は美しいと思っていたわたくしにとって問題でしたし,周囲に争いが多くて悲しみの多い日々をすごしていましたので,そのころ聖書へと導かれ,内村門下の諸先生の信仰による美しい交友の模様に接したのはおどろきでした.交友といっても修道院の共同生活のようにいつもいっしょにいるのではなく,それぞれ独立であり,感情的にも性格的にも異なり,受けた教育も,たずさわる仕事もちがうのですが,福音の宣明とか苦しむ人への助けという場合には不思議な一致が行われるのでした.助けはたいていそっと隠れてなされますが,身近にその数々に接しえたわたくしは幸いでした.

 年が経ちまして,罪の身が罪のない救い主の十字架の血によって神にゆるされることがわかりはじめました.そして恩恵によって神と人とが平和に結ばれるばかりでなく,人と人とが和らぐことがわかりました.

 両雄並び立たずとは,自分を高くし英雄にして他を圧えるから共倒れになるわけです.もっとも低いところで救いの道を開かれた神の子は人を結び,世のすべてを美しくなさる方です.個人と社会の不幸は貧・病・争にあるとよくいわれますが,この三つの中で多くの場合争いが他の二つの原因です.この角度から十字架の救いをあらためて感謝したく思います.