
来世へのバイパス |
自動車道路が発達するにつれて,交通量の多い都会を避けて,バイパスによって目的地に楽に行ける場合が多くなりました.混雑も渋滞もなく,美しい緑の中をまっしぐらに進むたびに思うのですが,聖書に示される来世への道がこれと似ているのではないでしょうか.おおぜい人が集まって,長い祈りや説教や,暦による種々な行事に追われ,複雑な人的関係などのある宗教から解放されて,あらゆるおつとめは無用であり,すべての罪を負って十字架についてくださった神の子によって救われる,という福音が,無力なものを来世へと導いてくれるのです. ただ,問題が残ります.われらはさいわいにも楽なバイパスへ導かれていても,それを知らずに雑踏に巻き込まれている人が多いことです.あるクリスマス・イブに知人に出合いましたところ,先生はこれから徹夜の礼拝にお出かけですか,ときかれて驚いたことがあります.欧米にもこうした例はありますが,徹夜の後すなわちクリスマス当日一種の虚脱状態の人も少なくありません.救い主のご誕生日とはそんなものでしょうか. バイパスに反対する現世的な宗教専従者の妨害があっても,福音の勝利は約束されています.ガリラヤで静かに来世への道を示されたイエスが混迷のエルサレムへ行って血を流してくださったことが,この角度から理解しえましょう.“この山(サマリヤの中心)でもエルサレムでもなく……真の礼拝者が霊と真で父(神)を拝する時が来る”(ヨハ4:21以下ヨハ4:21以下 21イエスはいわれる、「わたしを信じなさい、女の方、この山でもエルサレムでもなく父を拝する時が来る。22あなた方は知らぬものを拝し、われらは知るものを拝する。救いは(われら)ユダヤ人からのゆえに。23しかし、真の礼拝者が霊と真で父を拝する時が来る。否、もう来ている。父もこのように彼を拝するものを求めたもう。24神は霊にいます。ゆえに拝するものも霊と真で拝すべきである」と。25女はいう、「キリストといわれるメシアが来ることを知っています。彼が来ると、すべてをわれらに告げるでしょう」と。26イエスはいわれる、「あなたと語るわたしがそれです」と。 )と教えられたことが,今やわれらのためにも実現しつつあることを感謝して,来世への道を進みましょう. |