
罪を上回る恩恵 |
連合軍のノルマンディ上陸作戦が進み,ドイツ西部の情勢が悪化しはじめた1944年の夏のことです.当時ボン大学に勤めていましたわたくしに,不思議にもスイスのジュネーブへ移る道が開けました.大切な本を地下室でいくつかの木箱に詰めて荷造りし,トラックを頼んでボンの貨物駅へ出かけようとしましたところ,空襲警報のサイレンが鳴りひびきました.当然運転手もわたくしも地下室で警報解除を待ったのですが,なかなか情勢は変わりません.長年の経験で空襲に対する一種の勘ができていましたわたくしは,今は危険なしと見て運転手に発車を頼んだのですが応じてくれません.そこで,配給の煙草をためておいたのを包んで渡しますと,にっこりしてエンジンをかけ,時速約100キロで人っこひとりいない大通りを暴走して空っぽの駅につき,荷物を貨車用の積荷台に置いてまたまっしぐらに同じ道を帰りました.そして警報解除になってからゆっくり駅へ行って手続きをすませました.戦時ですべてが不自由のとき,木箱もその金具もトラックの手配も皆ドイツ人の好意によるものでしたが,わたくしが煙草を渡したのはなにか悪いことをしたように思います. それから何週間かして,本は無事にジュネーブに着き,そのおかげで勉強もつづけられ,またその本を日本へ送ることができて今も重宝しています. このほかいろいろな罪を思い出しますが,それが十字架ゆえにゆるされ,罪を上回る恩恵に生かされていることをしみじみと感じます. わたくしは十字架なしには生きえません.今犯している罪もゆるされて,すべてがよい方向に役立てられるのでしょう. |