
圧力でなく支えを |
まだわたくしが学生のころでしたが,今はなき妹の口から,お兄様があまり勉強しろとおっしゃるので,今は病気です,と生まれてはじめてうそをいうことを覚えました,ということを聞きまして深く反省させられたことがあります.不思議なことに二人とも聖書を学ぶように導かれまして,互いにゆるし合うことができましたし,その後もいろいろ予期しないことを体験しましたが,聖書がなかったらと思いますと本当に恐ろしくなります. それにつけても,このごろ世代の断絶による名門中学生の自殺とか,秀才の麻薬グループとか,エリート新入社員の精神病とか,身の毛のよだつような記事が毎日のように新聞に出るのはどうでしょう。結局律法的に命令的に親なり兄なり先生なりが圧えつけるからではないでしょうか.物ごころづいた若ものにとっては,心身の成長それ自体が疲労を覚える苦しいことです.外からの圧力はそれをさらに苦しくします.自分の少年期に世相の暗さと人の心の冷たさに悩んだものには現代の若ものの気持ちもわかると思います.現代がいちおう平和とか安定とかの名で呼ばれても若ものの不安は増しつつあります. こういう時代にこそ,科学も人間の営みであるがゆえに限界があり,すべては全知全能の神のはたらきによって成り立っていること,とくに,愛にいます神がすべてをゆるすために独り子をこの世につかわしてくださったことが,聖書を通じて若い人々の魂の奥底に伝えられることを祈らずにはいられません.自ら受けた恩恵の大きさを思うにつけ,恩恵を受けないがゆえの災いから若い人々が守られるように,それぞれが福音的な心で目に見えない支えとなりましょう. |