祈りの支え

 外国へ旅立つごとに,各地の友人の祈りの支えが実感として迫ってきます.そのような祈りは恩恵の具体的なあらわれであると思います.旅行が自分の利益や楽しみのためでないために,途中でどんなことが起こっても,それが一生の終りになってもいいという覚悟で出かけるのですが,それが自分の献身の決意でなく,友人の温かい理解と援助に支えられるものであり,さらにそれを支えたもう神の愛のあらわれであると思います.

 このような支えは,1万メートルの高度で飛ぶときも,灼熱の原野の彼方に古代の遺跡をさぐるときも,外国語で講義をするときも,慣れない生活に疲れて床につくときも,ひしひしと感じて平安に満たされます.

しかし,このように危険や困難を感じて心身が刺激されるとき以外の比較的平常な場合にも,祈りの支えが力を発揮します.それは,すじ違いのことを辞退したり,荷が勝ちすぎるときに予定を変えたりして慎重な態度をとるように導かれるからです.こんなことをしてはつねに祈っていてくれる人に相済まないと思ったおかげで危険な横道にそれないで済んだことが何度あったことでしょう.祈りで助けを与える人の愛がよろこびをもって律法を守る道を示してくれるのです.肉においてしばらく友人から離れて旅行させられるのは,信仰生活のこうしたすばらしい面を示すための神のお取り計らいです.愛が律法を完成する(ローマ13:10ロマ13:10 愛は隣びとに悪をはたらきません。それゆえ愛は律法の完成です。 )ということが,キリストへの信仰を共にするものの間では,このような角度からも理解しうると思います.