
皆ともに救われる時 |
来信や感話の中で,自分がキリストによって救われることはわかるけれども,キリストを知らずに永眠した先祖や,キリストに反対する肉親や友人のことが心配になるといわれることがしばしばあります. 神は全知全能にいますという理論を立てるのでなく,むしろ自分のような救われるわけのないものの罪がキリストによってあがなわれるという奇跡がわかりますと,神はそのようなことがおできになるならば全知全能にいまし,したがって他の人々をもいつかわれらには今は知らされない方法で救う奇跡がおできになる,という希望がわいてきます. 新約聖書はキリストが十字架につけられてすぐ復活なさったのではなく,しばらくの間墓の中にすなわち死者の世界におられ,その間に死者に福音を宣べ伝えられたといい(Ⅰペテ3:19-4:6Ⅰペテ3:19-4:6 <キリストの黄泉下り> 19そして霊にあって、(死の)獄(ひとや)の中の諸霊をも訪れて宣教をなさいました。20彼らはかつてノアのころ箱舟が備えられたときに、神が寛容でお待ちにもかかわらず不従順でした。箱舟では少数、すなわち八人だけが水から救われました。21この水が今あなた方をも救う洗礼の典型です。洗礼は肉の汚れを除去することではなく、明らかな良心を神に願い求めることで、イエス・キリストの復活によるものです。22彼は天に上って神の右に座し、天使と権威と権力をお従えです。 <死者への福音> 4章 1キリストが肉にあってお苦しみでしたので、あなた方も同じ心で武装なさい。肉にあって苦しんだものは罪をのがれます。2それは肉にある余生を、もはや人の欲でなく、神のみ心のために過ごすためです。3あなた方は思う存分、過去に異教徒の心を行なったのです。すなわち、放縦、欲情、酔酒、宴楽、暴欲、悪質な偶像崇拝をしていました。4今はあなた方が同じ放縦の流れで行動を共になさらないので、彼らがいぶかってののしるのです。5しかし彼らは生者と死者とを裁く用意のある方に申し開きせねばなりません。6このためにこそ死者にも福音が説かれたのです。すなわち、彼らが肉にあっては人間として裁かれ、霊にあっては神に従って生きるためです。 ),復活されてからも死と黄泉(よみ)の鍵をお持ちであるといいます(黙示1:18黙示1:18 今生きるものである。かつて死人であったが、見よ、今は永遠に生きるものであり、死と黄泉の鍵をにぎる。 ). 自分のように神に敵し,神をけがしたものが神の愛によってキリストを通して救われるならば,死したものもキリストによって救われ,いつか完成された神の国で共に讃美のうたをうたうことができると信じましょう.いわゆる教会に属さなかったものは呪われて滅びると教義的にきめつけるのは人間集団がかってに決めることであって,聖書全体の精神とは違います.聖書を与えられた意味をこの角度からもあらためて感謝しましょう.そして皆ともに救われる時を待ちつつ,キリストを未だ信じない人と信ぜずに永眠した人のために希望をもって執成しの祈りをつづけましょう. |