学用患者

 大学の附属病院で,医学の研究や教育に役立つ病人を学用患者として入院させる場合があります.大学によって,また病気の種類によっていろいろですが,ふつう費用が格安で,ときには無料のこともあります.難病奇病の場合,おかげでいい講義ができましたとか新しい論文がまとまりましたとかいわれて,医局員から逆にお礼をいわれて退院する人もあるそうです.学用患者はモルモット扱いされる筋合いのものではなく,真理の探究と学術の進歩に寄与貢献するため,治すものと治されるものとが協力する形と考えたく思います.病に苦しみ,人から嘲けられる病者にとって,自分の体が活用されて他の人々の健康への道が学的に明らかにされることはよろこびではありませんか.

 さて,罪に苦しみ,罪ゆえのいろいろな災いに追いつめられ,自らどうしようもなくなったものが罪のない神の子に救われる場合も何か学用患者に共通するようです.自らを救う力がないこと,難病奇病のような罪に悩むがゆえに名医イエスでなくてはならないこと,時に隔離も必要なこと,そして罪からいやされると,救いの朗報が伝わって他の人々をなぐさめることなど,いろいろと思い当たります.

 病院の片隅で同病相あわれむ人々の間に美しい交わりがなされることがあります.イエス・キリストによらなければならず,彼のとりなしによる無条件の恩恵としての救いを受けるものの間に真のエクレシアが生まれることをこのような角度からも考えてみたく思います.